パラレル・キャリアの考え方〜キャリアデザインを再考する〜
バブルの崩壊以降、自律的にキャリアデザインすることが当たり前とされてきています。健康寿命は年々長期化し、職業人生は一つの職業・企業では到底、充足できないことはすべての方に当てはまると思います。その中で、パラレル・キャリアについて考えてみるヒントになれば幸いです。
- 目次
1.パラレル・キャリアの定義
現代において、パラレル・キャリアの意味は、「本業と並行して、報酬を得るかどうかにかかわらず、自身の人生を豊かにするために複数の活動を同時進行で取り組むこと」と多くの文献で記載されています。
私の中でパラレル・キャリアとの初めての出会いは、P.F.ドラッカーの『明日を支配するもの』の文中がスタートとなっています。ドラッカーは第二の人生を始める方法の中でこう述べています。
"人間のほうが組織よりも長命になった。そこで全く新しい問題が生まれた。第二の人生をどうするかである。(中略)第二の方法は、パラレル・キャリア(第二の仕事)すなわちもう一つの世界をもつことである。(中略)第二の人生に備える。しかし、第二の人生をもつには、一つだけ条件がある。本格的に踏み切るはるか前から、助走していなければならない。"
P.F.ドラッカー「明日を支配するもの」より
この考え方は人生100年時代において、一つの仕事だけで人生を終えられない状況に対する新しいアプローチと言えます。一つの会社・仕事だけで人生は終わりそうもない時代となり、意識しているかいないかにかかわらず、生き方・働き方の多様性を自らの手で創りあげていくことを求められる現代において、私もP.F.ドラッカーの述べている本格的に踏み切る前の助走を意識し、実際にデザインした人間の一人だと確信しています。
1―1.パラレル・キャリアと副業の違い
厚生労働省の副業・兼業の促進に関するガイドラインには、「副業・兼業とは、二つ以上の仕事をかけもつことで、企業に雇用される形で行うもの(正社員、パート・アルバイトなど)、自ら起業して事業主として行うもの、コンサルタントとして請負や委任といった形で行うものなど、さまざまな形態があります」との記載があります。また、政府が示した「2027年度までに『希望者が原則副業出来る社会』を目指す」という方針に沿って、社会も動きだしています。(副業・兼業の現状と課題より)
しかし、ドラッカーの考えるパラレル・キャリアは、一般的な副業・兼業という考え方とは根本が違います。
"パラレル・キャリア(第二の仕事)すなわちもう一つの世界をもつことである。(中略)たとえば、教会の運営を引き受ける。地元のガール・スカウトの会長を引き受ける。夫の暴力から逃げてきた女性のための保護施設を設ける。地元の図書館で、パートの司書として子供たちを担当する。同じく、地元で教育委員会の委員になる"
P.F.ドラッカー「明日を支配するもの」より
パラレル・キャリアの考え方のポイントは、特別な動機や意欲がある人にしかできないことではなく、本業と同時に意欲さえあれば誰でも始められるという点です。対価・報酬が必ずしも発生する副業・兼業とは完全に別物と言えます。
ドラッカーのいう第二の人生、パラレル・キャリアの始め方の例を挙げてみましょう。非営利の仕事やボランティアから始める例として、「学生時代にサッカーというスポーツにかなりの時間を費やした方が、会社で管理職になり休日まで仕事に熱を入れる必要性もなくなった時、子供がお世話になった地域の少年団の練習にボランティアで参加し始める」というものがあります。本業とボランティアの両方から学びを得て、自己成長できています。なかにはボランティアでコミュニケーション能力やコーチング力を身に着け、本業でもキャリアアップし、輝く方もいます。少年団のコーチに就任するなどという近所のお父さんは多いのではないでしょうか。まさにパラレル・キャリアの始め方だと思います。
ボランティアという別の活動に時間を割くことで、パラレル・キャリア(第二の仕事)のスタートが始まることが理解いただけるかと思います。そこは必ずしも報酬は発生しないので、副業として始めるものではないことが根底にあります。
1―2.セカンドキャリアやボランティアとの違い
では、パラレル・キャリアは、セカンドキャリア(第二の人生)やボランティアと同義なのでしょうか。そうではないのです。確かに、第二の仕事を始めるというと日本語的にはセカンドキャリア(第二の人生)のスタートを切ることと捉えられがちですが、パラレル・キャリアは、本業と本業以外のボランティア(社会活動)を同時に実践すると考えることです。そもそもキャリアという言葉の意味は、キャリアコンサルタント以外の方には大変難しいものかと思います。キャリアの定義は人それぞれあるので、ここでは言及しませんが、私は生涯における一連の職業や役割の連鎖としています。職業だけでなく各人が果たす役割と広くとらえています。その中には、ボランティアは含まれるものの、それだけではないのです。全ての方が多くの役割を果たしながら、人生を生きているということです。
・労働者
・社会の奉仕者
・学ぶもの
・家庭での親や配偶者
・余暇を楽しむ趣味人
など、人には多くの役割があります。意欲的にボランティア活動に夢中になる時期もあれば本業に夢中になる時期、親として子育てに時間を割かなければならない時期もあるかと思います。これらをイメージ図にすると私の中では、ドナルド・E・スーパーのキャリアレインボー(キャリアの役割)が浮かびます。
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出典:文部科学省 高校生のキャリア形成支援教材「高校生のライフプランニング」
(https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/kyoudou/detail/1411247.htm)
パラレル・キャリアの考え方においては、雇われていてもいなくても、自営であってもなくても、お金を稼いでいなくても、家事や育児、勉学、趣味、ボランティアでも熱心に中心として活動していることを本業ととらえます。本業以外に本人が熱心に取り組んでいることがあれば(例:NPOやボランティアなどの社会貢献活動への参加、仲間との勉強会、自治会活動、キャリアコンサルタントとして無報酬での活動など)すべてのことが本業以外となりえます。本業と本業以外を行うこと、それがパラレル・キャリアなのです。
ボランティアのみと限定するものでもなく、セカンドキャリア(第二の人生)とステージが切り替わることでもないのです。同時多発的にデザインされていくものです。同時に多くのことを取り組みながら一つの会社で過ごされる方もいれば、転職を繰り返し、前述の活動にも時間を費やされる方もいらっしゃるかと思います。従来のシングルなキャリア一本で人生を終えることは難しい不確実で複雑な時代が到来しています。企業内におけるセルフ・キャリアドックやリスキリングは、一つの会社で職業人生を豊かに過ごすための大切な、未来にも役立つ機会と捉えられます。
2.注目される社会的背景
人生100年時代に必要な対策として多くのことが言われています。その一つに、生涯学習とリカレント教育もあります。長い人生を同じ知識やスキルで乗り切ることは不可能です。しかし、自主的に何を学ぶのかという点で、昨今言われている、「企業が現在の仕事で必要となる新たなスキルや知識を習得する機会を提供する」リスキリングが始めやすい身近にある対策かと思います。
もう一つ100年という長期にわたり、豊かな生活をするために資産形成も重要項目です。そのためには柔軟かつ長期的に働くことが必要となってきます。終身雇用、年功序列による給与アップの仕組みがなくなりつつある日本において、旧態依然のキャリアデザインの在り方では、到底人生100年を自律して暮らすことは難しくなります。そこで社会的な取り組みとして
・定年延長
・高齢者の雇用拡大
・副業解禁
への動きが加速しています。
定年延長と高齢者の雇用拡大については、2025年4月から65歳までの雇用確保が完全義務化されています。現在の少子化に対応し、意欲と健康維持が可能である方々は、雇用拡大の重要なメンバーになり得る時代です。
副業解禁への動きに関しても、2027年度までに「希望者が原則副業できる社会」を目指す方針が打ち出されています。これらの動きにより、現代社会は企業の雇用を維持しながらパラレル・キャリア(第二の仕事)への挑戦、助走が容易になったともいえます。報酬を得ながら、本業以外のパラレル・キャリアを希望する者を拒むことは、社会的に許され難くなりました。実際、企業で活躍しながらキャリアコンサルタントのお仕事を始めている方は多いのではないでしょうか。
3.パラレル・キャリアを選ぶメリット
パラレル・キャリアを選ぶ、始めるメリットはたくさんあります。なぜなら、多くの方がセカンドキャリアの手がかりとなる時間を、興味や学習の観点ですでに始めているケースが多いからです。
実際に私は本業で、キャリア教育について言及する場面が多く、キャリアを学ぶ場に多く参加していました。キャリアについて学ぶこと、学習すること自体が本業へのモチベーションをアップさせ、多くのキャリアパスを手にしました。その結果、フリーランスとしてキャリアコンサルタントへのセカンドキャリア(結果的に収入を得ることができています)が拓けた次第です。
現代においては、会社の先行きが不安だ、自分の技術も時代とともに終わりが見える、などと不安に感じられる方も多いのではないでしょうか。本業がつまらない、将来に期待が持てない場合にも、パラレル・キャリアの考え方に基づき何かを始めることが有効です。一つの会社を定年まで継続するかたわら、趣味の無線に没頭し、無線の資格を取得することをモチベーションにしてきたなどの事例から考えると、日本のサラリーマンにはかなり昔からパラレル・キャリアの選択は始まっていたのかもしれません。転職、次の職業人生へのスタートに限らず、現状の会社で働き続けるというモチベーション維持にも、パラレル・キャリアの考え方はとても有効です。
4.パラレル・キャリアのデメリットや注意点
ワークライフバランスが叫ばれる以前は、パラレル・キャリアへの活動時間の確保が難しかったと思います。現代社会では、本業へ直結しなくとも、本人が描くキャリアデザインに必要なことであれば、時間と経費のサポートを得ることが可能な社会となってきています。退職後に田舎に戻り、不動産業を始めたい、社労士として活躍したい、また、現在は営業のリーダーだが、部下育成のためのスキルとして、キャリアコンサルティングを学びたい。そういった希望に対し、職場が時間と経費についても支援してくれているところもあります。どの資格の学習中においても学びの時間を捻出しなければいけないため、本人の時間管理が一番重要になってきます。また、資格取得をするとすぐに本業を離れ、フリーランスとして活躍したいと思う方も出ないとは言えません。サポートした企業にとっては人材の流出、家族にとっては思いがけない離職にもなりかねないことは、本人あるいは周囲の人々への影響として覚悟するポイントといってもいいかと思います。
5.パラレル・キャリアの始め方
パラレル・キャリアの始め方には、仕事に付随するものとそうでないものと二つに分けられます。私の場合においては、キャリアコンサルタントへの始め方は、本業の仕事に付随して、自発的かつ積極的な要素が強かったと思っています。親が高齢になり、介護の知識がかなり必要となってきました。スーパーのキャリアレインボーの中にある「子どもとしての役割」からのパラレル・キャリアの始め方だと考えて、いろいろと介護についての学びを深めています。本業においても介護の問題を抱えた支援にも正確な情報提供で、相談者の方に以前よりもさらにお役に立てているかと思います。またもう一つ、日本語教師とキャリアコンサルタントの資格の抱き合わせで、外国人労働者の支援をスタートさせています。こちらも法律にも詳しくなり、正確な情報提供ができるようになりました。仕事を今日辞め、明日からというのは無理があります。他者から可視化できるものと、他者には言わずに続けているもの、あるいは始めたがすぐに辞めてしまったもの。パラレル・キャリアには多くの始め方があるかと思っています。
6.パラレル・キャリアにおけるキャリアコンサルティングの活用
パラレル・キャリアを始めるにあたり、傾聴を通して専門家であるキャリアコンサルタントとともに自己理解、自己成長、仕事理解や労働市場において自己を振り返り、自分のことを言語化できるようになるキャリアコンサルティングは大変有効な機会です。多くの方が、キャリアレインボーにあるいろいろな役割の中で暮らしています。本業以外に何を始めたらよいのか、また、自分の中で何をやりたいと潜在的に考えているのかを時間軸に沿って棚卸しすることで、新たな発見の機会となります。子育てという本業中の方が次の仕事復帰というパラレル・キャリアの助走をどのように始めたらいいのかの相談や、退職を迎える方が退職後のキャリア形成のための相談など、パラレル・キャリアの実現のために、キャリアコンサルティングは以前から活用されています。
7.まとめ
私たちは多くの役割をもちながら、他の社会活動を同時並行的に行っています。それこそがまさにパラレル・キャリアと言えます。パラレル・キャリアを意識し生活することは、自己の内的キャリアを明らかにします。また、自身の人生をより豊かにするという発想は、正解のない現代社会に大変有益なことと考えます。ワークライフバランスが叫ばれ、労働時間が厳しく制限される中、自分の時間が確保されつつあります。パラレル・キャリアを意識的に始めることは、新たな出会いと可能性を創り出すことでしょう。シングルキャリアの時代は終わったと言えます。みなさんもキャリア充実のために自律的にパラレル・キャリアの点検を始めていきましょう。
筆者

取得資格;
国家資格 キャリアコンサルタント/産業カウンセラー/証券外務員(一種)/ファイナンシャルプランナー/日本語教師/アンガーマネジメント ファシリテーター
多くの業界での経験を生かし、長きにわたりキャリアコンサルタントとして活動中。大学生からシニア層、学校から企業内まで幅広いキャリア支援を行う。クライエントの自己実現のために丁寧な姿勢とわかりやすさを常に心がける。
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