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揺れ動く国際会計基準の動向と公認会計士に求められるもの

西川郁生氏 企業会計基準委員会[ASBJ]委員長/公認会計士

聞き手:反町勝夫 株式会社東京リーガルマインド代表取締役

わが国の会計基準の設定機能を担う民間組織である企業会計基準委員会の委員長を務める公認会計士の西川郁生氏に、今後のわが国の会計の方向感についてグローバルな視点からお話をうかがった。


■ 注目を浴びる国際会計基準

反町

現在、国際会計基準から目が離せませんね。

西川

近年、国際会計基準を将来的にそのまま受け入れる動き、アダプションというのですが、これが米国で起きてきて、日本も同調する方向性が示されています。具体的にはSEC(Securities and Exchange Commission/米国証券取引委員会)や金融庁企業会計審議会からの意見や提言ということになるのですが、任意適用から始めて、上場会社などに広く強制適用するかは2,3年後に決定しようということですね。そこで強制適用が決まったら、そこからさらに3年はあけて強制適用になるということですね。それに加え、米国に端を発した金融危機についてマスコミが取り上げるとともに、各国の政府関係者や金融監督当局が会計に対し大変な関心を示している。時価会計がけしからんとか、IASBや米国FASBの議長などは議会などに呼ばれるということもありますね。

西川郁生氏 企業会計基準委員会[ASBJ]委員長/公認会計士

反町

ここ一年で急速に米国基準が国際会計基準のほうに歩み寄ってきたようにも感じます。しかし、国際会計基準の中を見てみると、多くの部分が米国基準からのコピーのように見受けられます。最近の動きでは、米国が自国の会計基準の看板を捨て、会計基準の統合ということで、お互いの基準の良いところを採用しながら会計基準の品質を高めあっていると感じます。

西川

近年の IASBの基準開発のうち、中核的なプロジェクトは米国FASBとの共同プロジェクトになっていますので、FASBは米国基準を作るとともに国際会計基準も実質的に作っているといえなくもない。従って自国の基準という看板にこだわらないということも分からないわけではないですね。でも、米国が国際会計基準を強制適用してしまうと今のような形のFASBはいらなくなってしまうかもしれませんけれど。

反町

米国が自国の会計基準を打ち捨てて、国際会計基準に歩み寄るようになったと感ぜられるまで踏み込んだのは、特にこの1、2年のことだと思うのですが、米国の産業界の意見とか、日本の産業界の意見との違いはありますか?

西川

米国基準は細かいルール( rules-based)が非常に多いので、米国の産業界から見ると、「米国基準は世界一厳しく、国際会計基準を採用した方が楽なのではないか」という期待感があるかもしれませんね。産業界のみならず、SECも含め、国際会計基準の採用を規制緩和として捉えているかもしれないですね。監査人は新しい基準の説明等で新規業務の需要を見込んでいるのでしょう。投資家を含む財務諸表の利用者側としては、基準が一つの方が分析しやすくて利便性が高いと思うでしょうね。そうすると反対する人がいなくなるということですね。後は、いろいろな国際的な枠組みに参加してこなかった米国が、この動きにはうまく乗っていけるのかという点だけだと思いますが。

反町

日々グローバル化が進んでいる中、一日も早い統一が望まれます。

西川郁生氏 企業会計基準委員会[ASBJ]委員長/公認会計士

西川

SECは今まで通り証券市場開示に関し、厳しい監督をしたい、というのはあると思います。SECは国内で国外企業に国際会計基準を認めた時、欧州に対して、「勝手なことはさせない」と言っているのですね。もう少し詳しく言うと、欧州は国際会計基準を受け入れる際、個々の基準を個別に承認することにしていて、欧州で承認された国際会計基準が欧州市場で広く使われているわけです。しかし、それを米国がそのまま認めると米国の中で使われる国際会計基準が欧州型だの何型だのといろいろになってしまう。そこで米国は、米国の中はピュアな国際会計基準だけだと宣言しているわけです。欧州は面白くないですね。今後の国際会計基準の適用についても、米国が主導権を握って進めるのではないかと欧州が戦々恐々として「国際会計基準をまだ適用していないSECが何を言い出すのだ」と言うわけです。欧州と米国で国際会計基準をめぐってせめぎ合っているといえます。いつの間にか米国の影響力が強くなってきているかもしれません。日本は米国ほどではないですが、それなりの影響力を発揮しているというところでしょうか。 ASBJは米国FASBやIASBと定期的に協議して彼らの共同プロジェクトに影響を与えるよう努めています。金融庁もIASBの活動を間接的に監視する機関にSECやECとともに参画することとなりました。

反町

なるほど。会計のコンバージェンス(convergence)の大きな問題ですね。

■ 国際会計基準の将来像

反町

今後の国際会計基準の動きとして、財務諸表についていわゆる時価会計を全面的に適用していこうという動きが感じられ、現在はそれに向けたステップを踏んでいるように思えます。金融商品は、おっしゃるように公正価値評価測定( fair value measurement )ですし、固定資産についても、公正価値で測定した再評価モデルが選択可能になってきています。このような状況において、国際会計基準が目指している将来像は、どのようなものなのでしょうか。

西川

今の時価会計は、金融商品の一部だけに適用されています。将来的にバランスシートの全てが時価になるだろうと言っている人は国際会計基準関係者にもいませんが、逆にそうなってしまうのではないかと疑心暗鬼で見ている人はいます。 固定資産の時価会計といっても、再評価モデルは一部の限られた国でしか使われていませんから、結局、減損会計のようなものに落ち着くのだろうと思います。減損会計は正確には時価会計と言うよりも、取得原価の修正であって、儲からなくなった資産についてその資産価値を減価するという、マイナスのほうだけ動きます。土地はともかく、固定資産のようなものは、滅却したり、陳腐化したりするので、あまりプラスサイドに時価が上昇するというのは考えにくいですね。 また、事業全体の話になりますが、企業そのものを時価で評価してしまうと、将来の利益を取り込む話になってしまい、一体それは会計でなくて、何なんだってことになります。

反町

企業の評価だから、株価のようになるのでしょうか。

西川郁生氏 企業会計基準委員会[ASBJ]委員長/公認会計士

西川

そうですね。財務報告をする会社全体を時価評価するということは株価総額を資本の部の額に一致させるような話ですね。バランスシートは株価説明書みたいになってしまいますね。「こういう株価になっていますので、株価をバランスシートに反映させるとこういうことになります」といった具合です。財務報告は、投資家が市場に参加して株価形成するために提供される情報ですから、財務報告の情報を基に投資家が判断を行うわけですけど、その結果である株価が判断材料であったはずのバランスシートに取り込まれるとなるとぐるぐる循環してしまいますね。

反町

やはり、時価主義よりも取得原価主義の方がよいのではないでしょうか。一口に「時価」といっても、多くの種類の時価が存在するわけで、主観的なものです。

西川

保有する資産の時価の話に戻しますと、保有資産がどういう性格を有しているかですね。自らの努力でキャッシュフローを増やせないものもありますから。例えば、トレーディングで保有する株式の場合、誰が持っていても価値は同じ、保有者が何か努力をして時価を上げることはできないものの、売る時期だけは自由に決められる。こういうものは時価ということコンセンサスはあるのではないですか。

反町

現在、時価基準は、一元化に向かっているのでしょうか。

西川

金融商品の中では長期的な目標にはなっていますが、冒頭申し上げた金融危機対応の中では、一元化を進めるより、一部に償却原価を残すということで時価反対の声に対応しようとしているように見えます。事業投資については、減損会計のようなものは正確には時価会計ではないということでいえば、殆ど出てこない議論だと思います。

反町

アメリカもそこまではいっていないのですね。

西川

はい、そうですね。

反町

現行の財務諸表は、時価主義の部分と取得原価主義の部分が混じり合い、分かりにくいところがあると思います。実務家の方の話を聞くと、取得原価主義の財務諸表と時価主義の財務諸表の2つを別々に作成した方が投資家にとって分かりやすいのではないかと思うようです。現在、財務諸表はパソコンで簡単にできるでしょうし、2つの財務諸表の関係が分かるような調整表を開示すれば分かりやすいでしょう。 また、もう一つの論点として、現行のキャッシュフロー計算書は間接法で作成されているので、営業に関する資金の流れが現実どおりに表示されておらず、分かりにくい内容になっています。

西川

現在の財務諸表は混合属性モデルと言われたりするのですが、それなりによく考えて、時価とすべきもの、取得原価で評価すべきものを分けているということもいえると思います。資産負債モデルと収益費用モデルの折衷ですね。ただ、いろいろなお考えがあることは理解します。経営者は追加的な調整表とかキャッシュフロー計算書の直接法はコストがかかることを嫌うことが多いのですが、反町さんは一般的な経営者と違って考え方が高邁なのかもしれませんね。

反町

会社を経営している立場にある私としては、キャッシュフロー会計が、一番客観性があると思っています。時価主義をベースにした P/Lは、客観性が乏しいのではないかと。会社は、どんなに黒字でも、資金が回せなければ潰れてしまいますし、実際、黒字倒産の企業というのは、右肩上がりの企業の黒字倒産が多く見受けられます。キャッシュで見せた方が、客観性があってよいと思います。今、国際会計基準で検討されているような直接法でキャッシュフロー計算書を作成しようという動きは、経営者にとって非常に分かりやすいかと。

西川

利益の確定という意味では、キャッシュほど確実なものはないですね。ただ、簿記の始まりに戻るような話ですが、 1航海1決算から、ゴーイングコンサーンを前提とした人為的な期間区切りとしての決算の時代では、確定の度合いを多少下げても、直近の情報を取り込もうとする。金を貰ってなくても売ったという情報を入れようとする中で発生主義のP/Lと現在でいう利益が出てきたと思います。時価主義だともっと情報が早くなりますが、情報の確度が下がりすぎておっしゃるように客観性がなくなります。我々もそこは支持していません。ただ、発生主義のP/Lや利益というのは役立ちがある。 日本の会計基準づくりにおいて P/Lの利益というのは、利息と同じで、果実ですね。要するに、企業価値評価するのは、果実から元本を割り返すという感覚でやるわけでその際に使われるのが発生主義の利益だと思います。これは企業価値評価ということで、ゴーイングコンサーンを前提とした話になるわけですが、反町さんがおっしゃるように、倒産の可能性を踏まえればキャッシュフローが一番良いというのは、全くその通りですね。企業が倒産しないでやっていけるかというあたりは、先行情報であるP/Lの利益は出ているけども、キャッシュフローのプラスはついていっているのかというところをきちんと見る必要がありますね。

反町

果実というのも、株価なら分かりますが、時価主義でいったら果実はできないのではないでしょうか。

西川

時価主義ではできないですね。

反町

利益を評価しろといわれても、非常に難しいのでは。

西川

利益を評価するのは、投資家の役割で通常将来キャッシュフローの見積りをする訳ですが、将来キャッシュフローというのは抽象的なもので資金繰り計算みたいなものとは違いますから、ざっくりいえば将来利益と区別して考えなくていいと思います。そういう意味では、全面的な時価主義ですと、将来利益が取り込まれる話になって投資家の役割を財務諸表の作成者である経営者がやってしまうということになりますね。

反町

結局、将来利益なら株価ですね。その株価も、会社の実力で動いていませんが。

西川

まあそうですね。

■ 実務にあたる上では試験の知識以外の教養も必要

反町

大不況の波が押し寄せ、資格への関心が高まっており、中でも公認会計士の人気はかなりのものです。弊社では、従来からある通信教材DVDのほか、Web通信、iPod、USB、VODとバリエーションを年々増やしていることもあって、通信教材の申し込みが大きく伸びています。今、社会人も学生も時間のない方が増えており、なかなか通学し切れないというのも要因のひとつですが。

西川

大学生も通学できないのですか。

反町

近年、大学3年生の夏休みから就職活動が始まるような状況で、大学1年、2年のうちに卒業に必要な単位をほとんど取ってしまう学生が多いようです。したがって、大学1年、2年のうちは、授業が朝から夕方までぎっしり入っていて、アルバイトもしないとならないとなれば、資格予備校の通学にも通うのはかなり厳しい状況でしょう。

西川

なるほど。公認会計士試験は受験資格に制限がないのですが、近年は特にさまざまな経歴の方が合格されていると聞いています。

反町

近年、多くの国家試験が、短大卒業・大学卒業等の受験資格の制限を撤廃していますね。会計・法律専門職は需要が高まっていますが、現在の合格者数ではまだまだ足りないというものが多いことに加え、社会経済のグローバル化、複雑化に伴って各専門職のなかにさらに専門性が求められるようになっていることを踏まえれば、そういった流れになるのでしょう。昨年、公認会計士の試験制度が変わりましたが、だいぶ受験しやすくなって目指しやすくなっていますね。

西川

そのようですね。税理士から公認会計士にシフトする人も見受けられますね。受験資格の制限を設けるべきか否かということではありませんが、社会に出て会計士としての実務に当たる上ではそれなりの教養も必要です。受験生は、特に若年者が増えているようですが、試験の知識以外に、そういった点についても留意していただきたいと思います。

反町

先のお話にも出ましたように、国際会計基準の問題をはじめ、各士業の業務はグローバル化、多様化が進んでいることから、幅広い知識が求められ、実務のベースとなる素養は必要不可欠ですね。現在、ECでは、各資格において、合格者を対象にした実務対策講座を充実させていこうと考えています。西川先生がおっしゃったことも踏まえ、講座を企画していきたいと思います。 本日は、示唆に富んだお話をいただきましてありがとうございました。

≪ご経歴≫

企業会計基準委員会[ASBJ]委員長/公認会計士
西川 郁生(にしかわ いくお)
東京大学経済学部卒業。公認会計士、米国公認会計士登録(1984〜1998)。1989〜2001年新日本監査法人代表社員。1993〜1998年国際会計基準委員会(IASC)日本代表。1995〜1998年日本公認会計士協会国際担当常務理事。1998〜2001年同協会会計制度担当常務理事。1999年〜2005年および2008年〜企業会計審議会臨時委員(現職)。2001 年〜2007 年企業会計基準委員会(ASBJ)副委員長。2007 年より企業会計基準委員会(ASBJ)委員長(現職)。著書に、『国際会計基準の知識』(2000・日経文庫)など。

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