ニッポンのサムライ
マネジメントフロンティア
中地宏の会計講座
リスク管理プロセスとリスク算定の仕方

リスク・シリーズとして1回目から3回目にかけて、リスクの一般概念、PFI事業のリスクの考え方、リスクの要素に対する管理の仕方(リスク管理)を説明した。今回は、具体的なリスク分析について説明し、リスク・シリーズを締めくくりたいと思う。

英国の官製市場開放モデルの中で、最も複雑なスキームであると言われるPFI事業のVFMの多くは、公共リスクの民間移転から生まれると言われる。英国で標準化されているリスク管理とは次のようなものである。

リスク分析の留意点

リスク分析は、事業のライフサイクルを通して行うものであり、PFI事業では、官から民への移転リスクの分析と官の保持リスクの分析の両方が必要であることは前回説明した。今回はこれに追加してリスク分析に重要な留意点を4つ示す。

民間に移転することが適切なリスクとは

最初の留意点は、従来官が取っていたリスクのうち、民に移転することが適切なリスクとはどのようなものかを明白にすることである。日英両国の初期のPFI事業には、それぞれ、民がコントロールできないリスクまで移転した結果、事業破綻した事例がある。英国の事例は王立武具博物館であり、わが国の事例は福岡市の温浴施設「タラソ福岡」である。英国では、この事業破綻をフィードバックし、現在では、事業者の取れるリスクと支払額を連動させることによって事業者にリスクを取らせる仕組みが確立されようとしている。

破綻した博物館事業に先立つ英国の初期の道路PFIでは、シャドートールメカニズムと呼ばれる交通量に応じて支払いが算定される方法が用いられていた。これは、一般的なコンセッションによる高速道路と同じように、利用者が利用料金を支払った場合と同様の収入を事業者が得ることが出来るものの、破綻した博物館のように、予測値が大きくずれることもあり得る。そのため、博物館のフィードバックがなされ、通行量をいくつかの料金帯で構成するバンディングストラクチャー(複数価格帯構造)によって、事業者の取る需要リスクを緩和するモデルが2000年前後に登場した。その後、2003年前後に事業者が管理することが困難な需要よりも、事業者が取れるリスクである「道路が利用できる状態であること(アベイラビリティ)」に焦点を当てた支払いメカニズムが導入された。そして、現在では、その仕組みをさらに発展させ、積極経営支払メカニズム(Active Management Payment Mechanism)が導入されている。この新しい仕組みは、「渋滞の管理」と「安全パフォーマンス」の二つの要素によって支払いメカニズムを構築し、事業者の渋滞への対応と、ライフサイクルでの安全パフォーマンスの向上を積極的に推進させるものである。

リスク・コストの確定

2番目の留意点は、リスク管理の流れの中で行われるリスク分析のプロセスに伴ってリスク算定額が変動することである。資料1は、横軸を時間に、縦軸をコストの予測変動幅として、リスク算定額の変化を示したものだ。

資料1

PFIの導入可能性調査段階では、不確定要素が多く含まれている。そのため事業予測値の変動幅が大きい。この予測値の変動幅は、契約管理によって最終的にコストが確定すると、不確定要素がなくなるので、最終的には0となる。この図は、そのような予測値変動の幅が、プロセスの経過に伴って狭まっていくことを表したものであり、その形状から魚雷図表(Torpedo Diagram)と呼ばれている。

事業期間とリスク移転について

第3の留意点は、事業期間の長さによって、移転されるリスクが変動することである。施設の維持管理のノウハウを持たない官が、維持管理コストを最小限にして管理した場合、施設設備の劣化が建築構造物に影響を与え、耐用年数が45年ぐらいで終わってしまうケースがしばしば見受けられる。一方、適切な維持管理が行われさえすれば、建築構造物は90年から100年程度の耐用年数をもたせることも出来る。建築物の耐用年数を90年と設定できるならば、30年の契約締結後には、まだ60年間の残余耐用年数がある。すなわち、事業期間が30年である場合、適切な設備の更新が行われさえすれば、建築物部分のコストの3分の1(90分の30)以上を利用料金で回収でき、投資が成り立つことになる。このような90年の耐用年数を前提としたリスク算定の対象項目は、45年や60年の耐用年数を前提としたリスク算定のものとは異なってくるので、条件設定上留意する必要がある。

資料2は、15年の事業期間中に最も少ないコストの提案を選定する場合のライフサイクルコスト(LLC)曲線の比較である。耐用年数が15年程度の廃棄物焼却施設や発電施設のPFI事業においては活用できるが、耐用年数の長い施設には活用できない。耐用年数の長い施設の場合には、資料3のように、ライフサイクルコストとサービス料金の累計のNPVが逆転する可能性があるからである。

資料2

資料3

事業のLCC であるPSCと、サービスコストである入札額

最後の留意点として、PFI事業とは、民間資金を使って整備した民間所有の施設を、公共サービスを提供するために活用する事業であり、発注者である官は、民に対して民の施設提供サービスの対価を支払うことによって、リスク移転が可能になるという点を挙げておく。

わが国のPFI事業では、民間資金を利用したPFI事業からVFMが生まれているかどうかを検証するために、PSCと民間事業者のLCC(投資額と維持管理コストの総額)のNPVを比較することが多い。一方、諸外国のPFI事業では、PSCと比較するのは、事業期間中に発注者が事業者に対して支払うサービス購入対価のNPV(現在価値)であり、投資額の比較ではない。それは、建築構造物の耐用年数と維持管理には相関関係があり、その包括的関連性から生み出されるリスク移転によって、官が今まで取っていた施設の耐用年数に関するリスクを民間に移転することが出来るからである。

わが国の公共施設の仕様書をその品質から判断すると、従来の公共施設は、本来であれば法定耐用年数よりも長い60年持つ施設を整備していたにもかかわらず、維持管理の仕方が悪くて、50年程度しか施設の寿命がなかったと考えることが合理的である。このような実態に合わせて、法定耐用年数と同じ50年持つ施設を民間に整備させる競争をして、コストダウンするという考え方が、わが国のPFI事業の考え方だ。しかしながら、この50年間の寿命は、民間の施設維持管理ノウハウを使わずに得られた期間である。適切な維持管理によって、施設の寿命を100年間にするノウハウが民間事業者にあるのであれば、従来ならば2回建て替えていたものを1回で済ませることが出来るようになる。すなわち、民間事業者による建物建築費1回分の半分が、従来の50年分のLCCよりも少なければ、VFMが生み出されるという考え方へのシフトが必要だ。

官が設定すべき事業枠組における前提条件は、100年の耐用年数を持つ施設の整備であり、その手段や手法がどのようなものであってもかまわないという入札要綱の条件を事業者に充分に把握させ、事業提案競争をさせることが重要である。発注者の入札要綱の示し方が不適切であったために、事業者が発注者に受け入れられない提案をしてしまったり、前提条件の示し方が不十分であったために、事業者が独自に前提条件を設定したりすることがないように、事業枠組みの設定に配慮する必要がある。このように、すべての事業者が同じ事業枠組みでサービス提供の事業提案をさせるために、EU諸国では、入札の前の段階で、アウトプット仕様書の示し方を官民で交渉している。この手続きは、事業者間の競争性を維持したまま入札要綱の示し方を官民が交渉する手続きであるので、競争的対話方式と呼ばれる。

リスク分析のプロセス、インプット/アウトプット及び分析手法の概要

PFI手法であるなしにかかわらず、官が事業を発注する場合にはリスク管理が重要である。前回はリスク分析の5ステップを説明したが、ここでは、リスクの算定を開始する前の現状把握ステップを加えて6つのステップで説明する。それぞれのステップのリスク分析に活用されるリスク分析手法と、そのインプットおよびアウトプットの関係をまとめたのが資料4である。以下に、資料4のそれぞれのステップで用いられるリスク分析手法をいくつか紹介しよう。

資料4

ステップ0 現状分析で活用するツール

リスク分析を行うにあたり、まず、重要なのは現状分析である。現状分析を行うことによって、活動分析結果、リスク管理戦略、ステークホルダー相関関係図、過去の事業のフィードバック等を得ることが期待される。この目的のための分析手法として、プロジェクトライフサイクル分析、プロセスマップ、SWOT分析、PEST(LE)分析、RACI図表などを含むステークホルダー分析等がある。

資料5

資料6

SWOT分析というと、わが国ではTOWSマトリックス分析が経営戦略を立案する際の現状分析に用いられる手法として有名である。TOWSマトリックスによって、組織内部の強み・弱みと組織外部の機会・脅威の観点から現状を分析し、強みを活かす戦略、弱みを克服する戦略、脅威を縮小する戦略、撤退する戦略等の立案がなされる。ただし、リスク分析でSWOTを用いる場合には、外部要素を分析する場合にPEST分析(もしくはPESTLE分析)※1 を活用し、これらの将来の機会や脅威を組織の強みや弱みに繋げる要素として分析する方法が、英国では一般的に用いられる。

また、ステークホルダー分析には、ステークホルダーの役割を明確化するためのRACI図表の活用、キーパーソンを見つけるためのパワーマップ、組織上の役割としてのあるべき姿に基づいた分析と、具体的なアクションをとるための分析である権限・影響マトリックスが用いられる。このような分析手法を用いて、現状の要素の中でリスクとして顕在化する可能性のある要素が現状においてどのようになっているかを分析することが重要である。

ステップ1 リスクの洗い出しで活用するツール

次に、現状分析に基づいて得られた活動分析結果、リスク管理戦略、ステークホルダー図、過去のフィードバックおよび現状の課題に基づいてリスクの洗い出しを行い、リスク登録、初期継承指標および主要業績指標の設定を行う。このリスクの洗い出しで使われるリスク分析手法として、リスクチェックリスト、リスク分析リスト、リスク要素分解、リスク分類、リスク認識ワークショップ、因果関係図、ブレーン・ストーミング、リスクデータベース等が用いられる。

資料7

リスク分担の星取表を策定し、機能に関する仕様書策定完了の遅れを発注者責任であると設定することは簡単であるが、その遅れが生じる可能性を把握することは簡単ではない。

資料7は、機能に関する仕様書策定完了が遅れる理由の因果関係を示したものである。機能に関する仕様書策定が完了しない理由として、例えば、分析データそのものが完成しないことや、事業推進委員会で仕様書を承認できないという理由が考えられる。ところが、このような事象を引き起こす本質的な原因は、不適切な事業責任者の任命であったり、不十分な利用者情報の提供であったり、前例がないために決断できないことであったりする。しかも、この直接的な原因が発生する確率は、発注者の組織や委託先のコンサルティング会社の組織によって異なる※2のだ。発注者は、リスク分析をする場合に、そのような内部事情まで理解しておくことが重要である。このような自治体ごと、事業ごとの特性を分析するために、ブレーン・ストーミングによってリスクを洗い出し、リスク認識ワークショップによって、リスクを要素に分解したり、リスク分類したりする。そして、最終的にリスクデータベースを作成し、リスクの因果関係図に落とし込み、そして、リスクが実際に顕在化する際にどのような初期警鐘指標で確認することが出来るか、また、リスクが顕在化する要因としてどのような主要業績指標を管理しておけばよいかを確認することが有用である。

ステップ2 リスクコストの見積もり

リスクの洗い出しに続く作業は、洗い出しによって認識され、策定されたリスク登録リストや、初期業績指標、主要業績指標を活用して、リスク概要をリスク・マトリックス上で整理した上で、リスクコストの見積もりを行うことである。このリスクコスト見積に活用するリスク分析手法には、パレート分析、PI分析、リスクマップ、CRAMM(英国政府のリスク分析管理手法)、発生確率ツリー、期待値等がある。

リスクコストの見積もりをするには、まず、リスクを顕在化させる要素が、どの程度の頻度で発生するかについての分析が必要になる。リスク分析の手法としては、発生する事象毎の頻度に応じて分類するパレート図を策定するABC分析、発生確率と影響のマトリックスで分析するPI分析・リスクマップ、受け入れ可能なリスク範囲を線引きするリスクプロファイル分析等がある。また、これらの分析結果を活用して、リスクコストを算定する方法と、リスクが顕在化する場合としない場合の確率をそれぞれの要素毎に分析する発生確率ツリーや、期待値の算定する方法等がある。これらのリスク分析手法は事業の実態に応じて使い分けるべきである。

資料8は、発注者が管理するプロジェクトAが工事遅延もしくはコスト超過になった場合に、プロジェクトBに及ぶ影響を算定した発生確率ツリーである。例えば、ある自治体が複数の学校の改修工事を進める場合には、事業の優先順位を決め、スタッフをうまく回転させながら事業を実施するのが通常であり、プロジェクトAが遅延すると、その影響をプロジェクトBが受けてしまうリスクが顕在化する。官が今まで抱え込んでいたこのようなリスクを算定した上で、それらのコスト以下で民にこのようなリスクコストが発生しないように業務委託することによってVFMが生まれるのである。

資料8

ステップ3 リスク分担と評価

見積もりが終わってから、やっとリスク分担が出来るようになる。リスク分担の星取表の策定からスタートすると、自分のリスク以外には興味を示さなくなるので、誰がリスクを取るのかを決める前にリスクコストを算定する必要があるのは前回説明した通りである。見積価格を含んだリスク登録、リスク概要およびそのリスクの官民配分が適切であるかどうかの評価を行い、現在価値に算定した算定根拠のある総合的な分析結果を提示する。この分析結果を提示するために活用するリスク分析手法には、モデリング、シミュレーション(モンテカルロおよび、ラテン・ハイパー・キューブを含む)、各種分析(パーセンタイル、クリティカルパス、感度分析、ポートフォリオ分析、コスト便益分析等)がある。この評価の段階で、リスク算定と切り離せない要素に、前提条件として設定するいくつかの変数がある。この前提条件は任意の変数であるため、この変数が変動することによってPSCも変動する。そして、これらの変数が変動した場合に、PSCにどのような影響が生じるかがわかるようにリスク算定しておくことで、リスクコストの算定と同時に、どの変数の変動がPSCに最も大きな影響を与えるかが分かる。これが感度分析だ。資料9は、リスクコストが一定の時に変数が変動することによるPSCへの影響を感度分析した結果である。この結果から、5つの変数の中で、投資コストの変動がPSCに及ぼす影響が最も大きいこと、インフレの変動がPSCに影響しないようにモデルが策定されていること等が分かる。

資料9

ステップ4 計画とリスク配分の調整

ここまできて、やっと入札前の最後のリスク分析にたどり着く。入札の段階では、まずモデリング、シミュレーション分析等の結果、および、その他の既存のリスクヘッジ手段としての保険証券や、過去のフィードバックに基づいて計画を立てる。そして、募集要項において提示可能な明確な条件設定(リスク保持者、リスク対処者、リスク登録(リスク対処方法を含む)、リスク対応計画等の策定)を行う。この段階では、既に今まで策定してきたデータをもとに、最適なリスク対処方法についての検討を行う。すなわち、リスクの削減・除去・移転・保持・共有、リスク対処の具現化・機能強化・開拓等を行うことにより、脅威を排除もしくは削減し、チャンスを最大化するための検討を行うことを意味する。この作業は、官の思い込みによって、民の事業参画意欲を減退させないように、民の対応を考慮しながら行うことが重要である。

このような作業を通して、最終的に募集要項に組み込まれるリスク・マトリックスが完成する。リスク配分やリスク算定額などを含んだ詳細の前提条件を民間に提示することにより、民は、プロセスの見直しを行い、民に移転されたすべてのリスクを取り、場合によっては官の保持する予定であったリスクも、排除したり、削減したりする提案が出せるようになる。

わが国では、リスクの星取表だけで、リスク分担を示そうとするPFI事業をしばしば見かけるが、リスクの配分は、このようなステップ0からステップ4までのリスク分析のプロセスを通して策定したリスク・マトリックスのかたちで示すことが重要である。

ステップ5 導入と見直し

事業者が事業を提案・導入して運営が開始されると、その成果をリスク進捗報告書に記載し管理する。そして定期的にリスク管理の仕組みを見直すことになる。この運営段階におけるリスク管理手法には、リスク指標管理、レーダーチャート分析、散布図等がある。事業内容に応じて、具体的な管理指標を設定する必要があるが、プロジェクトの管理指標と標準指標との乖離や、時間経過に伴う管理指標の変動等を分析することによって、リスクが適切に管理されているかどうかを確認する。

簡易リスク評価手法と高度リスク評価手法

リスク管理とは、前述のように、現状把握から始まり、事業運営段階にいたるまでの一連の流れである。そのため、事業の導入可能性調査段階においては、前述のようなリスク分析が完成していないので、高度リスク評価手法を行うことが出来ない。しかしながら、入札の本番で急にリスクが出てくるわけでなないので、PFI事業において、官のリスクを民に移転することによってかなりのVFMが生まれる可能性があるのであれば、導入可能性調査段階においても、簡易リスク評価をしなければならないはずである。

簡易リスク評価をするには、官のリスクを民に移転するイメージを明確にすることが算定の手助けとなる。資料10は、従来のリスク配分、PSC算定上のリスク配分、事業提案上のリスク配分の違いをイメージで比較したものである。従来は、官が施設を整備し、官が施設を所有および維持管理していた。そのため、施設整備期間中および瑕疵担保期間には、一定のリスクを民間に取らせることができたが、それ以外のリスクは全て公共が取っていた。PSCを算定する際には、この従来公共が取っていたリスクのうち、民間に移転可能なものがどのくらいあるのか、民間に移転することが出来ないリスクがどのくらいあるのかを別々に認識する必要がある。そして、民間事業者に提案させる場合には、民間事業者のノウハウを活用して、官から民に移転したリスクをどのように回避したり削減したりするかに焦点を当てて評価することが重要である。前述の簡易リスク評価手法も、高度リスク評価手法もPSC算定上のリスク配分を行うためのリスク分析である。

資料10

二つの評価手法の特徴の比較

簡易リスク手法といっても、財務モデルを算定する際の前提条件は、高度リスク評価手法と同じである。異なるのは、リスクの発生タイミングの分類および対象とするリスク項目の数が少ないことと、簡易手法はシナリオ分析で算定するのに対して、高度手法はシミュレーション手法を用いるという点である。資料11は、オーストラリア・ビクトリア州のPFI事業の名称であるパートナーシップ・ビクトリア(PV)の進め方を示したガイドラインに記載されている簡易リスク評価手法と高度リスク評価手法の対象となる項目および算定手法を比較したものである。

資料11

書面の関係上、ここでは、具体的な簡易リスク評価手法と、高度リスク評価手法の詳細については示さないが、例えば、PVの病院PFI事業の事例における簡易リスク評価手法では、リスクを設計関連、法務関連、運営関連の3種類に、その発生タイミングを7種類に分類し、官の保持リスクを2項目、民へ移転するリスク13項目を対象にして、5段階のシナリオ分析によってリスク算定している。一方、高度リスク評価手法においては、リスクをその特徴に基づいて10種類に、その発生のタイミングを8種類に分割し、官の保持リスクを34項目、民へ移転するリスクを60項目、官民がシェアするリスク16項目を対象にして、モンテカルロ・シミュレーションによって算定している。このようにリスク算定対象項目が増加しているのは、ステップ4までのリスク分析作業を行ったからである。そして、モンテカルロ・シミュレーションでは、最善の5パーセンタイル値以下と、最悪の95パーセンタイル値以下のリスクコストを対象から排除する形で算定し、PSCのT90(5パーセンタイル値以上、95パーセンタイル値以下の範囲の分布結果)がどのような範囲で変動するかを分析している。

このように、公共のリスクがPFI事業のライフステージにおいて、どのようなかたちで現れてくるかを理解しておくことは重要であるが、この資料だけでは、適切な対応の仕方が一体どのようなものであるかは分からない。なぜならリスク分析とは、このような将来の不確実性に対してどのように対応するかを事前に分析する作業の流れだからである。

民間提案次第で変動する官の保持リスク

インプット仕様書と変わらない仕様書で、民間の価格競争だけを目的としてPFI事業を行う場合、官の保持リスクをあえて取るような事業提案は出てこないかもしれない。しかしながら、達成したいアウトプットを明確に示し、その達成方法や達成手段を民間の提案に任せるようなPFI事業が広がっていけば、民間事業者の提案は千差万別のものとなり、官の保持リスクに影響が生じるはずである。その場合に、民間競争を適切に行うためには、民間が提示した価格を比較するだけではなく、提案によって影響を受ける官の保持リスクの変動についても、官が評価した上で調整する必要が出てくる。

PFI事業のリスク分析とは、単に民間に移転するリスク額を算定するだけでなく、官が保持するリスクが民の提案によってどのように変動するかを算定することでもある。

さて、この連載も2006年の9月からスタートし、2回目の正月を迎え、官製市場開放により生まれた新たな分野である官のリスクを民に移転することについての解説を終了した。実はこの連載を企画した段階では、もっと包括的な官製市場開放について触れるつもりでいた。しかしながら、2007年4月にPFI契約の標準化第4版が公表され、それに連動してリスク管理のガイドラインを含むさまざまなガイドラインの見直しが行われた。そのため、これらの新しい考え方を中心に説明したことから、内容が偏ってしまったことは否めない。次回で総括を行いこのシリーズを締めくくることにする。

※1 PEST分析と呼ばれるのは、政治(Political)、経済(Economic)、社会(Social)、技術(Technological)の頭文字をとったからである。PESTLE分析と呼ばれる場合は、これに法務(Legal)と、環境(Environmental)を付け加える。

※2 大規模事業をいくつも実施している大きな自治体で不適切な事業責任者が任命される可能性は、大規模事業の経験のない小さな自治体よりも小さいと言えよう。また、PFIに関するノウハウを持っていないコンサルティング会社が、ノウハウを得るためであったり、実績作りのために安値受注したりする場合には、情報整理が不十分なまま、事業が進められる可能性があるので留意する必要がある。


熊谷 弘志氏

熊谷 弘志(くまがえ ひろし)

アビームコンサルティング株式会社 社会基盤サービス統括事業部 ディレクター

1959年福岡県生まれ横浜市在住。1984年青山学院大学経営学部卒業。1991年スペインESADE大学院国際経営修士(MIM)取得。大手ゼネコンで香港、ロンドン、スペイン、ウズベキスタン、ポーランド等での大型建設プロジェクトの経理・税務・法務担当。1998年同ロンドン駐在員事務所長就任以来、PFI事業に従事。2000年帰国後、外資監査法人系アドバイザリーファームを経て現職。著書に『指定管理者制度−文化的公共性を支えるのは誰か』(共著/時事通信出版局・2006)、論文多数。英国大使館主催PFIセミナー講師、慶應義塾大学大学院特別招聘講師(非常勤)。2006年度内閣府PFI総合評価検討委員会委員、日刊建設工業新聞コラムニスト、公益事業学会会員、三田図書館・情報学会会員、OBAIESEC 理事。

会社案内資格の総合スクール人材開発(法人・企業向け)人材紹介(プロキャリア)LEC会計大学院生涯学習