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中地宏の会計講座
日本組織内弁護士協会理事長 NHK社内弁護士 梅田康宏氏

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企業や組織の中で働く弁護士・インハウスローヤーが、今注目を集めている。わが国におけるインハウスローヤーの現状はどうなっているのか。なぜ今、脚光を浴びているのか。そして、今後の展望は。インハウスローヤーの任意団体、日本組織内弁護士協会理事長・梅田康宏氏にうかがった。

インハウスローヤーの時代

−− まずは、インハウスローヤーとはどのような方なのか教えてください。

梅田インハウスローヤーとは、企業の従業員や役員、行政庁やNPOの職員として、それぞれの業務に従事する弁護士のことです。従来は「企業内弁護士」という呼び方が多く使われていましたが、最近では、企業だけではなく、行政庁や特殊法人、NPOなどで働く弁護士も増えてきていますので、これらを総称して「インハウスローヤー」あるいは「組織内弁護士」という呼び方が定着しつつあります。日本では、これから本格的にインハウスローヤーの時代に入っていく段階にあると思います。

−− 今、まさに拡大のタイミングにある背景とは。

梅田歴史を振り返ると、インハウスローヤーはもともとアメリカやイギリスを中心に発展してきたものです。理由としては両国ともに弁護士の数が多いこともあるのですが、それ以前に英米法では、「弁護士の独立性」に関して「職務として独立してさえいれば、どのような組織や主従関係の中で仕事をしてもよい」という考え方があり、それがインハウスローヤーの普及につながりました。一方で、ドイツやフランスなどの大陸法系の国々では、「弁護士の独立性」とは法律上の独立であり、「組織や主従関係に縛られてはいけない」という考え方があります。当然の成り行きとして、そこではインハウスローヤーが発展しにくかったわけです。

日本は、司法制度については英米法系だと考えられていますが、これまで日本弁護士連合会(以下、日弁連)の意向もあり、司法試験合格者のコントロールによる供給制限や、許可制による参入制限などにより、インハウスローヤーはあまり普及しませんでした。ところが司法制度改革により、届け出さえすればどんな企業にでも弁護士が就職できるようになりました(※)。さらにこれから弁護士の数も急増するとあって、「わが国でもいよいよインハウスローヤーの時代が来る」とにわかに脚光を浴び始めたのです。

−− 日本には今、どのくらいのインハウスローヤーがいるのでしょうか。

梅田日弁連の調べによると、わが国の弁護士の総数約2万3,000人のうち、インハウスローヤーは267名という数字が出されています(資料1参照)。

資料1

インハウスローヤーの現状

梅田それに対しアメリカでは、弁護士総数約100万人のうち、約20万人がインハウスローヤーとして活躍しています。ただ、日本でもこれから弁護士の数が倍増していきますし、内部統制、コンプライアンス、個人情報保護、知財紛争など、企業の法律問題への意識が高まりつつあり、経営における法務部の役割が重視されるようになってきています。企業や官公庁など、組織の中で弁護士が活躍できるフィールドが拡大していくのは時間の問題でしょう。

役割は「入口と出口の管理」

−− 組織内に弁護士を置くのと、外部の弁護士を頼むのとでは、どのような違いがあるのでしょうか。

梅田インハウスローヤーと外部の弁護士では、まず役割が違います。われわれはインハウスローヤーの役割を「入口と出口の管理」という言い方で表現しますが、法律案件の前後を管理するのがインハウスローヤーなのです(資料2参照)。

資料2

インハウスローヤーの役割(入口・出口の管理)

梅田具体的に申しますと、紛争が起きる前段階、つまり「入口」には、「認識」と「初動」という2つの段階があります。社内調査やクレームなどから、紛争になりそうな法律問題を発見するのが「認識」、そしてそれに対してどう対処するのか、どのような体制を取るのか、外部の弁護士として誰に頼むのか、といったことを検討するのが「初動」です。実際に紛争になったときは、その分野を専門とする外部弁護士に解決を依頼する場合もあれば、外部弁護士とともに解決する場合もあり、さらにインハウスローヤーのみで解決するときもあります。

さて「出口」ですが、「解決」と「環流」という2段階があります。「解決」とは、いわゆる事後処理です。紛争解決の報告、依頼した外部弁護士の報酬の決定などを行います。そして「環流」とは、今回の紛争を踏まえて、会社に紛争再発防止策を提言したり、そのための研修やマニュアルの整備などの検討をしたり、組織の改正をしたりといったものです。

つまり、インハウスローヤーは、会社における安定的で持続的な法律案件処理のために、「認識」「初動」「処理」「解決」「環流」のプロセスを常時繰り返すのです。このプロセスの設計・運用こそが、インハウスローヤーの業務の本質の1つです。社外弁護士が「処理」にしか関与しないのとは対照的です。そのような意味では、インハウスローヤーは内部統制の環境整備という非常に経営に近いところで仕事をする面白さがあります。

−− 企業がインハウスローヤーを置くメリットは。

梅田会社の業務実態を把握している法務実務の専門家がいつも社内にいるわけですから、何か起きたときの対応も的確迅速になります。また、訴訟代理権を持っているということも意味が大きいですね。意外に思うかも知れませんが、訴訟には性質によって、インハウスローヤーによる処理に向いたものと、社外弁護士による処理に向いたものがあります。共同受任という選択もありますし、社外弁護士の選定においても、業界での人脈もあります。つまり、応用のきく対応が可能なのです。

また、一般の法務部員でも、OJTにより専門的な法務への対応は可能になるかも知れませんが、もう少し大きな意味でのリーガルマインドは、なかなかOJTだけでは身に付けられません。資格を持った弁護士が企業法務を扱うようになるのは自然な流れだと思います。

−− インハウスローヤーの組織内での待遇は。

梅田日弁連が実施したアンケート調査結果を見ると、インハウスローヤーの給与体系で一番多かったのは、「個別の年俸制による特別の給与体系」です。まだまだ試行錯誤の段階ですが、インハウスローヤー専用の給与体系を整備する動きも強まっており、今後は企業内でも弁護士役割や実情にフィットした給与体系が整えられていくと思います。

専門性身に付けキャリアプランに幅を

−− NHKのインハウスローヤーになるまでの経緯についてお聞かせください。

梅田私は司法試験合格後1年ほど海外に滞在し、それから司法研修所に入り、司法研修所修了直前に日本放送協会(NHK)の募集に応じて採用試験を受け、通常の職員と同様の選考過程を経た上でインハウスローヤーとして正式に採用されました。もちろんそれ以前に弁護士としての職務経験はなく、マスメディア業界での職務経験もありませんでした。

−− 法律事務所に勤務しようというお気持ちはなかったのですか。

梅田初めはそう思っていたのですが、もともとマスメディアには興味を持っていましたし、何よりマスメディア界にインハウスローヤーの先人がいなかったのです。私が第1号、もちろんNHKでも最初のインハウスローヤーです。そのような場所で仕事をすることに、非常に面白みを感じました。

−− 梅田先生は日本組織内弁護士協会(JILA)という任意団体の理事長を務められていますが、JILA立ち上げの経緯についてお聞かせください。

梅田いざインハウスになってみると、予想はしていたことなのですが、右も左も分からないわけです。弁護士としての最低限の素養はありますが、組織の中でどのように立ち回って良いのか見当がつかない。NHKの側も、従業員である弁護士をどう使いこなして良いのかよく分からない。まさに手探り状態でした。他のインハウスローヤーと情報交換したいと思いましたが、そうした人たちの団体なども存在せず、失望したことを覚えています。そこで2001年、ないのなら自分たちでつくってしまおうと、50期代の仲間のインハウスローヤーたちと立ち上げたのがJILAの全身である「インハウスローヤーズネットワーク」でした。

日弁連が職務基本規程の中で、「組織内弁護士」という言葉を正式な用語と定めたのを契機に、昨年、組織名を「日本組織内弁護士協会」と改めました。現在は会員数も60名を超え、インハウスローヤーの現状についての調査研究や、普及促進のためのセミナー活動、出版活動、そして会員相互の親睦活動等を行っています。

−− インハウスローヤー増加の中で、担い手である弁護士の意識はどのように変化しているのでしょうか。

梅田かつては、日本でインハウスローヤーというと外資系企業が中心でした。また年齢的には30代後半から40代の中堅弁護士が多かったのですが、1990年代以降、特にここ数年は、20代後半から30代前半くらいの若手弁護士がインハウスローヤーになるケースが増えています。

−− 若手がインハウスローヤーになることについては、例えば法律事務所に入るのと比較して、弁護士としてのキャリアプランに違いが出るのでしょうか。

梅田一概には言えませんが、一般的な法律事務所での仕事は、専門性があるようで実際はなかなかないのです。その点インハウスローヤーの場合は、業界ごとの専門性が非常に高い場合が多い。そのことが弁護士としてのキャリアの幅を広げると思います。また逆に、極めて幅広い法分野にまたがる仕事を短期間で与えられるという場合もあります。

−− そういった意味では、これからの時代、弁護士としてのキャリア形成にインハウスローヤーを利用するという考え方も一般的になっていくかも知れませんね。

梅田現在でも、一生企業内で働きたいと考えているインハウスローヤーは少ないのではないでしょうか。今後、弁護士が急増すれば、弁護士バッジだけではやっていけない時代になっていきます。それが本来のあるべき姿だと私は思いますが、他の弁護士との差別化を図り、何か強みを持つことが求められるようになるでしょう。そのときにインハウスローヤーとしての経験が、専門性を身に付けるための1つのステップになると思います。

求められる能力・資質とは

−− NHKでの先生の業務内容はどのようなものですか。

梅田一言で言うのは難しいのですが、まず、契約書のチェック、トラブルに関する交渉、労務関係や社内システムについての相談といった、どの企業でもやっていると思われる一般的な仕事があります。それに加え、テレビ番組の取材や構成案、ロケ、台本などについての法的な助言も重要な仕事です。リハーサルや撮影にも立ち会うこともありますし、完成した映像のチェックも行います。常に気をつけているのは、「よく分からないけど危ないから止めておこう」という考え方だけは絶対にしないことです。とにかく徹底的に考えて、できるだけ多くを放送できるように、「どれが良くて、どれがダメなのか」をはっきりさせ、番組プロデューサーの背中を押してあげることです。番組の最終的な判断、責任はチーフプロデューサーが持ちますが、そこに対して私の立場は、ぎりぎりまで助言すること。それにより、マスメディアとして国民の期待に応える番組作りを目指すことが私の重要な任務です。もちろん、放送した番組によって生じる紛争の処理もインハウスローヤーの仕事です。

−− 先人のいない中でインハウスローヤーのお仕事をされてきて、その醍醐味ややりがいをどのようなところに感じますか。

梅田弁護士の仕事というのは、基本的に、何かが起きたときに解決を依頼されるといった受動的なものが多いのです。ところがインハウスローヤーになることで、受動だけでなく能動的な仕事ができます。法務部門の一員として、時にはリーダーとして、自らさまざまな問題を見付け、そこから番組内容や組織体制に対して提言をしていく。これはおそらく法律事務所ではなかなか体験できないことだろうと思います。

また、私の場合特にマスメディアという分野はまだまだ未開ですから、判例などもまだないことが多いのです。法律家にとって、自分が新たな判例を作って新分野を切り拓いていくことほど魅力的なこともないと思います。

後はとにかく、私の仕事についていえば、表現の自由を守るという重要な任務ということがあると思います。最近はメディアに対する国民の目も厳しくなっていて、特にテレビ業界に対してはこれに乗じて国の関与を強める立法が検討されるなど、表現の自由が重大な岐路に立たされています。一時のブームに流されて表現の自由が蔑ろにされ、表現の自由が奪われることの無いよう、他のメディアとも協力しながらろがインハウスローヤーになることで、受動だけでなく能動的な仕事ができます。法務部門の一員として、時にはリーダーとして、自らさまざまな問題を見付け、そこから番組内容や組織体制に対して提言をしていく。これはおそらく法律事務所ではなかなか体験できないことだろうと思います。 また、私の場合特にマスメディアと、国民のために自由を守っていきたいと思います。いまはこのこと自体が一番のやりがいでしょうか。

−− インハウスローヤーに必要な資質とはどのようなものだと考えられますか。

梅田まず、会社が好きであることです。自分が勤める会社の製品なりカルチャーなり、会社が好きだと感じられることは資質以前の問題かも知れません。それから、会社経営に法的な視点から加わるわけですから、そうした会社組織全体の動きや企業の利益に寄与するといったことにやりがいを感じ取れる人が向いています。また、どんな職業にも共通することだと思いますが、コミュニケーション能力は極めて重要です。対内的にも対外的にも交渉事は多く、さらに法曹界と企業・組織を結ぶ橋渡し役になることが求められるからです。加えて、インハウスローヤー自体が日本ではまだまだ新しい分野ですから、一種のフロンティア精神であるとか、新しいスタンダードを自ら構築していくクリエイティビティ、そして法を守るという信念を持っていることも、インハウスローヤーに求められる資質と言えるでしょう。

弁護士業界の活性化と地域振興

−− インハウスローヤーが増加することで、弁護士業界はどう変わっていくとお考えですか。

梅田最初に申し上げたとおり、インハウスローヤーは、紛争の「入口と出口の管理」に大きな役割があります。ということはインハウスローヤーが増えれば、これまでなら見過ごされていたような問題を発見する機会が増えていきます。それにより、外部の弁護士への仕事の発注も増えることになるでしょう。つまり、多くの企業や組織がインハウスローヤーを置くようになると、弁護士全体の仕事が増え、業界全体が活性化すると思います。

また、地域振興にも寄与できると期待しています。地方企業や地方自治体がインハウスローヤーを置くようになれば、現在の弁護士過疎地域にも弁護士が行き渡り、法律面でのインフラ整備には大きな力となるでしょう。地方の優秀な人材が中央官庁に集中してしまうという状況の中、地方の人材不足解消の道が拓けたり、東京から地方へという新しい人材の流れができたりする可能性もあります。

−− 地元の法律事務所への発注が増加すれば、さらに弁護士が増え、好循環になりますね。

梅田そのためには、地元企業、自治体、法科大学院などの相互の協力が不可欠です。例えば地方の法科大学院の中には、卒業後に地元自治体や地元企業のインハウスローヤーになることを積極的に支援すると掲げているところもあります。地元企業では、そうした法科大学院に対して、エクスターンシップで講師を派遣し、学生に企業のことを知ってもらう機会を増やすことができます。法科大学院では、それにより多彩なカリキュラムを組むことが可能になり、入学希望者が増えるかもしれません。卒業者が地元のインハウスローヤーとなれば、地元弁護士への外注が増え、地元弁護士の活性化につながっていきます。こうした教育機関、企業、自治体、そして弁護士会がうまく連携できれば、地方の法的インフラの整備や、地域振興につながっていくと思います。

−− 司法制度改革が進められる中、ますますインハウスローヤーの活躍が期待されますね。

梅田司法制度改革の方向性は間違っていないと思いますので、当面は動向を見守りたいと思います。これから弁護士業界も、競争原理による淘汰が始まるでしょう。そうなるプロセスで、弁護士のクオリティが上がっていくでしょうから、そこに期待したいと思います。

<脚注>

※ 以前、弁護士は原則として常勤公務員との兼職を禁止され、企業などの営利業務の従事については各弁護士会の許可制とされていた。しかし司法制度改革の中で弁護士の活動領域の拡大が図られ、2005年4月1日に改正弁護士法が施行されたことにより、公務就任の制限が撤廃され、営利業務への従事についても事後届出すればよいこととなった。


日本組織内弁護士協会理事長 NHK社内弁護士 梅田康宏氏

梅田 康宏(うめだ やすひろ)

1973年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2000年弁護士登録、同年日本放送協会(NHK)入局、法務部にて執務を開始。日本で初めてのマスメディアのインハウスローヤー(組織内弁護士)となる。2001年インハウスローヤーによる任意団体インハウスローヤーズネットワークを設立、代表に就任(2006年1月より日本組織内弁護士協会に改称)。以後、日本におけるインハウスローヤーの普及促進に取り組んでいる。

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