若手育成・定着に向けた「生成AIパスポート」活用のすすめ
2025.8.6
現代の日本企業は、避けることのできない構造的な課題に直面しています。その一つが、生産年齢人口の減少です。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、この人口は2030年には6,773万人にまで減少すると予測されており、長期的な労働力不足は避けられません。このマクロな動向は、既に各企業の経営に具体的な影響を及ぼし始めています。帝国データバンクの調査（2024年4月）では、52.1%の企業が正社員の人手不足を実感していると回答しており、人材獲得競争の激化は明らかです。このような環境下では、新規採用の難易度が上がるだけでなく、既存社員、特に将来を担う若手人材の育成と定着が、企業の持続的成長における最重要課題となります。
本稿では、この課題に対する有効な解決策の一つとして、新たなスキル標準となりつつある「生成AIパスポート」をいかに戦略的に活用できるかについてみていきましょう。
- 目次
【問題点①】従来の育成手法の限界
多くの企業で、従来の育成手法がうまく機能しなくなっているという声が聞かれます。その背景には、若手社員の価値観の変化と、旧来の育成システムのミスマッチが存在します。
変化する若手社員の価値観
終身雇用が前提ではなくなった現代において、若手社員は企業への帰属意識よりも、自らの市場価値を高める「キャリア自律」への関心を強く持っています。彼らが職場に求めるのは、安定だけでなく、自身の専門性やスキルを高められる「成長環境」です。特に生成AIのような最先端のスキルは、市場価値に直結すると考えられています。
旧来型OJTの機能不全
かつて有効とされた「OJT（On-the-Job Training）」も、その効果を発揮しづらくなっています。業務の複雑化や人手不足により、指導役である先輩社員自身が余裕を失っていることに加え、生成AIのような新しい技術領域では、先輩社員も知識が追いついていないケースが少なくありません。これでは体系的な指導は困難です。
「成長実感の欠如」が招く早期離職
結果として、若手社員は「この会社にいても、時代をリードするスキルは身につかない」と感じ、早期離職を選択するリスクが高まります。実際に、若年層の離職理由の上位には、常に「仕事を通じた成長実感の欠如」や「キャリアパスの不透明さ」が挙げられており、育成機会の不足が直接的に人材流出に繋がっていることが分かります。
【問題点②】DX推進を阻む、社内の「見えない壁」
人材育成と並行して、多くの企業が取り組むDX（デジタルトランスフォーメーション）にも、見えない壁が存在します。それは、社員間の生成AIリテラシーの格差です。
若手と管理者双方のAIリテラシーの欠如
例えば、若手社員が生成AIを活用した業務効率化ツール導入を提案しても、管理部門や法務部門が生成AI特有のリスク（情報漏洩、著作権、倫理的問題など）を正しく理解できなければ、承認プロセスは停滞します。こうした部門間の「共通言語」の欠如が、全社的なAI活用の足かせとなっているのです。
この課題を解決するためには、承認をする側の管理部門の生成AIリテラシーを一定水準まで引き上げる、全社的な取り組みが前提です。そのうえで、若手社員側としても管理部門に対して「わかりやすい提案」をする必要も発生します。せっかくの若手のアイデアをつぶさないためにも、若手社員の提案力が向上するようにサポートしてあげたいですね。
【解決策】まさに今、「生成AIパスポート」が有効な一手となりえる
上記２つの課題に対し、生成AIパスポートの取得を推進することが、効果的な解決策となり得ると考えております。
社会的な要請の高まり
生成AIの重要性は、国や多くの調査機関が指摘するところです。多くの企業が生成AIの導入を検討・開始する一方で、その活用を担う人材の育成が大きな課題となっています。こうした背景から、ビジネスパーソンが持つべき生成AIの知識とスキルを証明する「生成AIパスポート」は、新たな必須教養として社会的に認知されつつあります。
社員の「生成AI時代のビジネス知識」をアップデートする
生成AIパスポートが優れている点は、特定のツール操作に偏らず、ビジネスに必要な生成AIの知識を体系的に網羅していることです。
1.利活用・実践系（業務活用）： プロンプトエンジニアリングや具体的な業務への応用など、生成AIをビジネスにどう活かすかという視点。
2.マネジメント・倫理系（リスク管理）： 著作権、個人情報保護、情報漏洩、倫理的配慮など、生成AIをどう安全に管理・運用するかという視点。
3.テクノロジ（基礎理論）： 大規模言語モデル（LLM）の仕組みや主要なAIモデルの特徴など、技術そのものに関する基礎知識。
この3分野を学ぶことは、ビジネスにおけるバランスが取れたAIリテラシーの土台を作るということです。これが社員に実践されて初めて、生成AIの活用などが、全社でスムーズに機能するのです。
【効果】生成AIパスポート活用がもたらす3つのリターン
生成AIパスポートの戦略的活用は、企業に明確な効果をもたらします。
1.生産性の向上
社員のAIリテラシーが向上することで、資料作成、情報収集、企画立案など様々な場面で生成AIの利活用が進み、業務効率が飛躍的に改善します。また、生成AIのリスク（倫理、法務、セキュリティ）への意識統一は、リスクを低減させ、事業継続性を高めます。
2.従業員エンゲージメントの向上
従業員のエンゲージメント（仕事への熱意）と企業の業績には強い相関関係があることが知られています。会社が「最先端分野での成長機会」と「公正な評価（報酬）」を提供することは、エンゲージメントを高め、自律的に行動する人材を育てる上で不可欠です。
3.DX推進における「人材不足」への直接的アプローチ
DX推進の最大の課題として挙げられるのは「人材の量・質の不足」です。特に「生成AIを正しく理解し、業務に活用できる人材」の不足は、多くの企業にとって喫緊の課題です。生成AIパスポートの資格取得支援の全社的な取得推進は、この根深い課題に対し、すべての企業が今日から取り組める、直接的かつ現実的な解決策と言えるでしょう。
まとめ：持続可能な人材育成戦略への第一歩
今回は、人手不足とDXという現代企業が抱える二大課題に対し、生成AIパスポートの活用がいかに有効であるかを解説しました。
若手社員の育成と定着、そして全社的な生産性向上は、もはや精神論や場当たり的な施策で達成できるものではありません。社会的に要請される客観的な指標を目標として設定し、学習環境を整え、その成果に報いる。この論理的で体系的な仕組みを構築することこそが、持続可能な人材育成戦略の第一歩となります。
執筆者情報
黒川 貴弘（くろかわ たかひろ）
株式会社拠り所 代表取締役
株式会社フロントビジョン 取締役
株式会社AtFilm 顧問
LEC東京リーガルマインド講師
大学在学中に中小企業診断士資格に合格。システムエンジニアとして６年間勤務後、2011年に独立起業。IT導入・DX推進プロジェクトを多数行いながら、IT系企業研修、大学講師、資格取得予備校講師を拝命。その他、自社ブランドのキャンプ用品開発・販売やコーヒー豆の焙煎・販売なども手掛けている。
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