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カテーテル特許訴訟の逆転劇 米国特許弁護士 服部健一
米国特許弁護士 服部健一

ランデブー
 部屋に入ってベッドの上に横になり、ワシントンD.C.のオフィスにファクスを入れるべきことがあるかないか考えていた。体は疲れていても頭が妙に冴え、とても仮眠するどころではない。あまり休息にもならないので、独り散歩に出かけることにした。
 海岸に出ると空の青さで目がまぶしい。ほとんど人のいない砂浜をぼんやり歩いていた。突然、金髪女性が海から上がってきた。見事なプロポーションといい、しなやかな歩き方といい、思わず目がくぎ付けになるほどだった。明るいワンピースの水着が品のよさと知性を感じさせた。あまり凝視しては失礼にあたると思ったが、どうしても海水を滴らせた彼女の姿を追っていた。距離が狭まった。彼女は真っ白い大きなタオルを拾い上げ髪を拭きながら、微笑みを浮かべ私を見ている。どこかで見たことのある顔だ。
「ケン。来たのね」
 いきなり私の名を呼んだ。今度は遠慮せずに直視した。確かに私の知っている女性だ。しかし、いくら記憶のテープを回転させても甚だわからない。
「このかっこうじゃ私が誰だかわからないでしょう?」
 彼女はいたずらっぽく言う。
「こんな素敵な女性が僕の人生にいたかなあ」
 こう言って時間を稼ぎながら必死に考えていた。そうだ!わかった!
「僕が知っている君より素敵な女性がいるとしたら、それはリンダ・ケリーという弁護士しかいないね」
 キャーと言って彼女は大笑いした。リンダは白いタオルをパレオのように優雅に腰に巻きつけた。彼女がシュナイダーと一緒に来ているとは夢にも思わなかった。
「君が弁護士とは信じられないね」
「あら、ケンだって元プロ・テニス・プレーヤーでしょう」
「いや、プロというわけじゃないが、好きでコーチを何年もしていたんだ」
 と言いつつ、びっくりせざるを得なかった。アメリカでの訴訟は重要な事件になると弁護士の素行調査まですることがある。トライアル寸前や途中で弁護士を解雇させるネタが見つかれば訴訟は有利になるからだ。彼らも私のことを調べたのかもしれない。
「どうして、ケンのことを知っているか不思議なんでしょう? 特別な調査をしたわけじゃないけど、ケンがテニスやゴルフでセミプロいうことはアメリカ特許弁護士達のあいだでは、結構有名な話なのよ」
「まあ僕の場合、日本人のアメリカ特許弁護士で珍しいからね」
「私もテニスをやるのよ」
「ほう、この訴訟が終わったら是非やりたいな」
 訴訟中は相手側の弁護士との付き合いはまず許されない。法律的に問題があるわけではないが、当事者に誤解を与えかねないからだ。
 二人は話をしながら砂浜を歩き出した。海風がサッと吹くと白いタオルが揺れ、リンダの小麦色の長い足が見え隠れする。思わず顔が赤くなるのが自分でもわかった。歩きながら取り止めのない、テニスやロースクールのことなどを話した。しかし、グアム島にまで来る羽目になったこの事件のことだけは絶対話題にできないということは二人とも十分わかていた。
 リンダと二人きりで静かな砂浜を歩く。この偶然のいたずらをエンジョイしていた。ホテルが近づくと、リンダはデポルームで会いましょうと言ってシャワールームへ小走りに去って行った。半分乾いた金髪を左右に揺らす後ろ姿を私は見送っていた。ホテルのロビーに一歩足を踏み入れると、冷房の冷気が顔に当たり、現実の世界に戻った。
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