青森県弘前市生まれ。早稲田大学法学部卒。1979年東京中小企業家同友会に入局。2001年より現職。著書に、『21世紀型企業の環境保全戦略』(共著/水曜社・1996)。

5.いくつかの疑問に応える

 第一に、前編の仕組み(4.具体的な仕組みはどのようなものか)で述べたように、金融アセスメント法が動き出した場合、金融機関側からの危惧として負担が大きくなり、収益を圧迫しないかという懸念がある。
 この制度が求めているのは、あくまでも金融機関が経営の健全性を保持しながらも、21世紀にふさわしい社会的役割(公共性)を果 たすことである。金融機関は、その体力に応じたリスクを積極的に背負いつつ、融資活動を行う姿勢こそが求められており、事業リスクに関する判定能力を早急に回復させることが課題である。その意味では、金融機関に対し、適正にリスクを求めるものであって、決して過大なリスクを強いるものではない。また、わが国ではすでにこれまでにも金融機関はかなり詳細なデータを当局へ提出してきており、この制度の導入で新たに莫大な費用が必要になるとは考えられない。重要なことは、地域貢献や情報公開など社会的役割を果 たすことが、金融機関の経営基盤の安定につながるという展望をもつことである。
 第二に、民間の活動に国が介入する規制強化にならないかという疑念がある。
 金融アセスメント制度は、国民経済への影響が大きい金融機関の活動に対して、行政的規制の強化でなく、金融機関の自主的な取り組みの努力の度合いを評価し、その選択を利用者の判断にゆだねる新しい仕組みである。これまで官僚裁量 型規制にしばられていた金融機関の姿勢を開放し、より地域と中小企業に目を向けさせることに主眼があり、現在の「事前的規制」から「事後的規制」の流れに沿うものである。
 確かに新たな行政組織をつくるのは大変である。しかし、歴史的使命を終えた組織は大胆に縮小・廃止する一方、時代や国民が必要としている新しい機能を創設していくのが本来の行政改革であるはずである。

6.モデルはアメリカの地域再投資法

 金融アセスメント法は、アメリカの地域再投資法(CRA)をモデルとしている。CRAは、当初は金融面 での人種差別を防止することを目的としていたが、法改正を経て金融機関が営業地域の金融ニーズに公正に応えることを促す制度に発展した。その事例として、アメリカの「コミュニティ開発金融機関」(CDFI)の機能が注目される。
 米国の金融界は、巨大な直接金融市場やベンチャーキャピタルなどによるリスクマネーの供給が進んでいる一方、地域金融市場では9,000近く存在するコミュニティ銀行などの間接金融が主流であり続けている。特にCRAにより、銀行と地域活動組織との協力関係を深めており、地域のNPO(非営利組織)など信頼できる組織と契約して融資業務の一部を委託したり、ある程度の金額を委託運用することが行われ、さまざまな形のCDFIが地域で機能している。CDFIは、地域課題を解決するための一手段として設立された金融機関であるが、土地担保に頼らない融資技術と地域情報密着型融資を特徴としている。
 CDFIは、NPOの融資組織が運営することが多く、中・低所得者向け住宅ローンや自営業者・中小企業等へ融資している。これらの資金源は、慈善団体や個人からの寄付金などに加え、一般 金融機関からのCRA関連融資で支えられている。
 CRA関連融資は、年間総額で1,200億ドル程度に達し、うち中小企業向け融資は590億ドル程度と見積もられるが、このような巨額の資金が地域を潤すとともに、多くは地域の事情に精通 したNPOを通じて資金循環しているという仕組みは大いに注目される。
 アメリカではNPOが発達しており、多くの金融の専門家もNPOで活躍している。最近では、日本でもNPOが注目されるようになっているが、金融機関の委託で資金運用できる力量 はまだ未知数。日本の「社会空間」でNPOが将来、一定の地位を占めることが期待されるが、金融分野でも日本的なNPOのあり方が模索されていくと考えられる。民間の社会的イニシアティブを促す法的・制度的な社会環境を整備するという面 からも金融アセスメント法の機能が求められているといえよう。

7.法案制定運動の現状と展望

 現在、当会では署名を中心とした金融アセスメント法制定運動に取り組み、貴重な成果 が生まれている。
 第一には、全国的に署名運動を展開し、現在77万名を超える署名を集め、衆参両議院の与野党議員を紹介議員として国会請願を行った。
 第二に、地方議会で金融アセスメント法制定を求める国への意見書採択が進んでいる。特に、北海道では道議会が全会一致で意見書採択し、北海道のすべての市町村議会(212議会)でも意見書が採択された。岡山県などでも県内全議会での採択の動きが広がっている。現在、県議会レベルでは、北海道、宮城県、栃木県、石川県、滋賀県、岡山県、沖縄県の7道県議会で意見書を採択。全国15都道県で、全自治体の1割に当たる327議会で決議・意見書採択が行われている。
 第三には、各都道府県の同友会と約70の金融機関との懇談、対話を進め、金融機関の金融アセスメント法に対する理解が深まっている。
 ある信金の理事長は、「信用金庫法第1条の理念と金融アセスメント法の主旨は一致する」と述べているが、金融再編時代の地域金融機関の今後の経営戦略から考えても、その存在価値をかけて地域再生や顧客に支持される営業活動を展開しなければ生き残っていけないという思いが伝わってくる。
 第四には、金融アセスメント法の考え方や主旨の一部が政治・行政の場で検討され、実現の方向にある事例が増えている。
 例えば、破産法等を改正し、経営者の個人保証責任を軽減しようという動きがある。先に述べたように、法務省は「担保・執行法制の見直しに関する要綱中間試案」を出し、「差押禁止財産」等の見直しを進めている。現状では不特定債務を保証する包括根保証も存在することに鑑み、当会は人的担保としての保証人の有限責任化を早急に進めることを主張している。
 また、公正取引委員会は2001年7月、『金融機関と企業の取引慣行に関する調査報告書』を公表し、「不公正取引の観点」から金融取引で独禁法の考え方を初めて示すなど、今後の動きが注目される。このように「取引慣行是正」の面 からも貴重な成果が生まれつつある。
 金融アセスメント法の意義について各界にも理解が広がっている。例えば、長野幸彦・全国信用金庫協会会長は、「自己資本比率のみで金融機関、特に信金経営の健全性を見るのはいかがなものか。…いまクローズアップされている金融アセスメント法の、地域に密着し使命を発揮しているかどうかを金融機関の健全性の尺度とする理念には賛成だ」と述べている(「ニッキン」2002年2月22日付)。
 実際アメリカでは、自己資本比率規制に集約される経営健全性評価とともに、CRAでの評価が、監督官庁の金融機関に対する公的監視機能となっている。金融持株会社に業務転換する際や営業許可、支店の開設、移転、合併・買収などに関する申告の際にその評価が考慮される。金融機関の側もCRAを受身でとらえるのでなく、地域貢献・密着の中で顧客ニーズを把握し、新しい市場開拓につなげるところも多い。
 いま、金融機関、金融行政に問われているのは、21世紀にふさわしい金融システムをどうつくるかである。関係各位 の地域と顧客に目を向けたご努力を切に願うものである。

参考文献:山口義行著『誰のための金融再生か―不良債権処理の非常識』(ちくま新書・2002)