日本で現在進められている司法制度改革をテーマとして、ワシントン大学ロースクール ベロニカ・テーラー氏と対談した。オーストラリア、日本においても、法学教育に携わってきた、法律実務家養成の現場からの氏の発言は傾聴すべきである。
 
注目する法学分野
東京大学では、どのくらい教鞭を執っていらっしゃったのですか。
 
1996年から2000年まで、客員助教授として、ゼミで6年間、アジア法を教えていました。アジア法は、これまで日本、中国、韓国、台湾が中心でしたが、今は、東南アジア、モンゴルなどが重要になっています。ヨーロッパとアジアが重なるユーラシア、つまりアルメニア、アルベジャン、ブルガリアなども含まれ、ロシアもアジアの一部として考えられます。
日本におけるアジア法の研究について、どのような印象を受けましたか。
名古屋大学を中心に、アジア法整備支援が1998年に始まりましたが、これから研究が期待される分野ですね。
現在は、ワシントン大学ロースクールでご活躍なさっていますが、米国のロースクールでは、新しい動きなどありますか。
米国の経済がいまひとつだった時、MBAに人気が出たことがありましたが、最近は、ロースクールの人気が戻ってきました。LL.M(法学修士号)プログラムを持つロースクールが百校以上と、どんどん増えています。
 人気のあるプログラムの分野は、かなり変わってきています。昔は税法、その後は、独禁法だったのですが、今は言うまでもなく、IP(知的財産:Intellectual Property)ですね。その次の波は、バイオテクノロジー。先の先を私たちも考えていかなくてはならないわけで、一昔だったら、ジョイントベンチャーが非常に大きく注目されていましたけれども、今は、日本だけではなく、アメリカでも倒産法が注目されています。

クリニック
日本では、現在、法科大学院の設置が進められていまして、アメリカのロースクールのように、実務教育を行おうとしています。
私たちのロースクールでは、付属しているクリニックの実務教育が充実しています。
 指導者となるロイヤーがいて、実際にクライアントの依頼を受け、実際にプラクティスを担当します。IP関係取引のクリニックなど実務的な問題を学生が自ら行い、教員の指導のもと、学生が法廷に出て、弁論も行います。
 学生にとって、いくつかのクリニックに参加することは、自分がどういう実務分野に一番向いているのか、自分の将来を考えるきっかけにもなっています。
 残念ながら、日本ではこのクリニックの体験が、時々理論軽視と誤解されていると思います。生のプラクティスを扱いますが、理論の部分がかなり大きいのですね。各ケースの理論はなんであるかを、一所懸命考えなくてはなりません。これは、教室で行います。実務プラス理論というかたちです。指導している実務家は、もちろん学者でもあるわけです。ただの実務でしたら、ダウンタウンの法律事務所へ学生を送ればいいわけです。そうではなく、理論と実務というコントロールがきく環境で行っています。
クリニックでの経験は、ケースの処理を前提として、セオリーを作っていくという、一種の判例法ですね。とても理想的なかたちになりますね。
ロースクールがクリニックを持つ場合、10人の学生に対して、1人の指導者がいなくてはならないというのが最低限のルールです。

衛星授業
先生のロースクールでのケースを扱うカリキュラムについて、さらにご紹介いただけますか。
3年前から、私たちが行っている、衛星授業による国際取引のクラスがあります。こちらの学生がチームを組んで、日本にいる東大の学部生のチームと一つの国際契約を交渉します。その契約の内容は、実際に米国で実務家が扱っていたケースファイルです。もちろん訴訟にはなってはいませんが、実務として法律事務所に入ってきた案件です。それを基に、問題を作り、学生が交渉します。時代に合わせて、IP、ライセンス、投資の問題も必ず取り入れて、学生に考えさせます。これはかなり人気のある科目でして、1クラス25人ずつの規模で、この科目を担当しているのは、両大学それぞれ教授が1人、実務家が1人か2人ぐらいです。最後に相互で50人ぐらいの座談会のようなミーティングを行い、学生は、実務家の意見や理論の側面 では教授の指導も受けながら、交渉の運び方を分析して反省します。そういうチームワークで教えるのが、私たちは最もいいかたちではないかと考えています。

法律家像家
日本の司法制度改革では、法曹人口の増加が求められていますが、質の確保から見て、拡大については問題があるという批判があります。
質の問題というのは、昔は、確かに重要だったと思います。というのは、弁護士について言えば、実際に法廷に出ていた時代には、その人の質が重要だったのですが、今の法務関係の仕事を分析してみれば、事務所内で書類を見ている部分が非常に多くなってきました。そうすると、トップの成績Aの人を要求するような仕事ばかりではありません。むしろ、Cぐらいで卒業した人で充分に、その仕事をこなせるはずです。そのような人たちをどんどん増やしていけばいいのではないかと、私は思います。
 ただし、これだけでは問題点がいろいろと出てきます。今考えられている法科大学院というのは、従来の法曹のイメージの定義を出発点にしていますから、他の法務関係のプロフェッショナルはどうなるのかという問題。つまり、司法書士、弁理士、行政書士、社会保険労務士それから会社内の法務スタッフなどはどうなるのかという課題です。
 彼らも、いわゆるリーガルプロフェッションに入るはずです。欧米では、完全に入っています。今、議論されている法科大学院で考えられているのは、法曹三者だけです。これは今の段階では仕方のないことだと思いますが、10年、15年経てば、その定義もなくなってくると思っています。

法律サービス
WTO交渉で、自由職業サービスとして、ロイヤーやCPAが交渉対象となっています。条約が通 っても、日本の弁護は日本の弁護士が行うのであって、外国の弁護士が日本の法律を扱うことにはならないなど、楽観している人が多いようです。
私は前から、不思議に思っているのですが、これだけ経済力のある日本が、何故弁護士を輸出しないのか、ということです。
 多くの企業が外国に進出したのですが、弁護士は企業について行きませんでした。例えば、97年、98年にインドネシアの経済がだめになり、日本の銀行、日本の商社は大きなロスを抱えて、日本に戻ってきました。インドネシアで、日本の企業は、法務サービスをアメリカの法律事務所、オーストラリアの法律事務所から、高く買っていましたが、その時、日本の法律事務所は何をしていたのでしょうか。
私も、まったく同感です。国内でもそうですが、海外の経済活動では法律が戦力となります。また、法律がサービスだという非常に重要な意識についても理解がありません。
私は、それより一歩進んで、法律が一つのテクノロジーでもあるとうい風にいつも言っています。テクノロジーインポートかテクノロジーエクスポートか。法律をテクノロジーと同様にとらえてみれば、日本は、今、テクノロジーとして法律を輸入・輸出をしている国であるはずです。
経済イコール法律ですから、経済だけ出て、法律が出ないということはあり得ないはずです。パッケージしないで商品を輸出するようなものですから、リーガルなプロテクトをしなくてはなりません。
一方で、アメリカのように入ってくる外国の弁護士を上手く制限して、利用すれば良いわけです。裁判所の訴訟などは、外国の人がやろうはずはないわけです。今は、そういう体制にはなっていません。
 日本は、弁護士の分野でも国際性を持って取り組む必要があると思います。

PROFILE

1986年Monash大学(オーストラリア)卒業。1988年同大学でLLB取得。1992年ワシントン大学でLL.M.取得。1988‐1993年オーストラリアメルボルン大学主任教授。1993-1996年オーストラリアナショナル大学、オーストラリア・日本法リサーチセンター主任教授。1996-2000年オーストラリアメルボルン大学、アジア法センター副長。2000年−現在ワシントン大学教授、アジア法センター長。専門:契約法、 国際取引法、アジア法、日本法。