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vol.2

今月のことば

米国の経済不況と日本の国家理念

反町 勝夫
■ LEC東京リーガルマインド代表取締役会長 ■ 


今日の日本の政治状況と緊急課題
 日本の経済は、1989年に景気の頂点に達して以来、低迷を繰り返してきた。1999年6月現在においても政府の最大のテーマは景気浮揚策にある。しかし、その経済政策はかつての冷戦構造化の理念に従ったものである。 そのため政府の熱心な政策努力とは裏腹に、一向に成果を挙げていないのである。その根本の原因は、冷戦終結後の世界理念がそれまでの理念と全く異なることを、理解はしていても政策に生かしていないからである。


 現在の日本は、法律上は主権国家ではあるが、経済的には、米国の51番目の州に位置付けられている。超低金利政策、年間のGDPをはるかに上回る国債・地方債の発行残高に見られるような積極財政、それによる日銀券の多量発行、これらの経済政策は米国の好景気を支えるために、日本政府が実施しているものである。現在の日本政府の政策によって、わが国のGDPが政府目標のように上昇することは期待できないし、 完全失業率の低下も直接には達成できないであろう。日本経済の現状も将来も、米国の政策との連携のもとで考えなければならないからである。このような日本政府の政策決定は今日の米国を中心にしたグローバル経済のもとでは、当然支持すべきものであって、いわゆる対米従属論は妥当しない。今日の日本にとって、経済的に米国51州のもとでの国家運営が正当なものであろう。問題は、その先にある。


 東西冷戦の終結は、社会主義国家圏の国々には新しい国家理念を提供したが、資本主義国家圏の国々にはいまだ不透明のままである。現在の世界総資本主義化の進行がこのまま継続して行くわけではない。 20世紀初頭における世界状況にかんがみるならば、今後、社会主義に代わるいかなる理念が、あるいは、いかなる国家が誕生するのかである。そしてその契機となるものは何かである。


21世紀前半における世界の勢力構造
 今後世界はいくつかの核を持った勢力圏に分化するだろう。その現象はすでに現れている。  第一に、EUグループである。すでに通貨統合を果たしドル圏の外に一歩踏み出した。現在ユーロ相場は対円・対ドルで下落が続いているが、今後ユーロ圏が紆余曲折はあろうが確実に発展していくであろう。
 第二に、東アジア圏である。結局東アジアにおいては、中国の動向が鍵になる。中国は古来、中華思想のもとで多民族の生活する広大な地域を統治し、国家を形成してきた。
この中華思想なくしては多民族を従わせることは出来なかったのである。米国にとって人権・民主主義が国家統合のイデオロギーであるのと同様に、中国にとっては中華思想がその役割を果たしているのである。今後もこの点は変わらないであろう。現在の中国の国家理念は、社会主義的市場経済であるが、この目指すところは、中国を中心にした経済圏を確立するためのイデオロギーなのである。


資本主義経済理論からすれば、矛盾するキーワードではあるが、その狙いから見れば全く正当な理論なのである。この中華思想に裏打ちされた社会主義的市場経済イデオロギーは、強固なものであって、今日の総資本主義化・グローバル化の世界経済の中で、独自の経済圏を形成するであろう。世界第二位のGDPの日本もこの経済圏の一極として活動することになろう。 そのときの基軸通貨はドルを離れ、円を経ていずれは元になろう。しかし中国が東アジアの経済の中心になるのは早くて21世紀後半であろう。それゆえ日本にとってここ数年の国家政策が極めて重要である。日本の国家理念・アイデンティティーが、今、にわかに論議されるのも当然なのである。


世界三極体制への契機は何か
 現在米国の経済は好景気を続けているが、不況期に入るのはいつか。未曾有の好景気はいつかは下降に入るのであって、永遠に上昇を続けるわけにはいかない。その転回点はいつ来てもおかしくはない。米国は現在1兆ドルに迫る純債務国であり、経常収支赤字は年間3,000億ドルにふくらみ、ドル高政策も限度にきており、アメリカ国民はその資産や401Kの大半を株投資などに向けており、マイナスの貯蓄率になっている。 これらの問題をいつまで日本・欧州・中南米諸国との交渉によってバランスを維持することが出来るか、である。
 米国経済破局の時が、日本にとって冷戦後の新しい国家理念による国造りを本格的に行う契機になる。その時は、これまで議論されてきた行政改革や財政改革の青写真が一気に実現に向かうであろう。


現在のところこれらのプランが約束通り実施されないのは、日本にとっていまだ冷戦終結の影響が現実になっていないからである。その過渡期にあるからである。米国の不況は、日本にとって米国向け輸出の激減をもたらし、日本の製造産業中心の産業政策と基幹産業に計り知れないダメージを与えるであろう。いまでも減少を続ける法人税収の一層の減少を招き、 強いては所得税収の減少をもたらす。これにより、必然的に財政改革を行わざるを得なくなる。小さな財政は各省庁の権限の基礎を失わせる。必然的に行政改革もやらざるを得ないであろう。新しい産業・企業が成長できる環境もそのときは現実のものとなるであろう。その時こそ本当に日本にとって、第三の維新が始まるのである。


 その際、これまでの日本に不足していたものがある。それは司法制度の充実である。ここでの司法は狭義の司法(裁判官・検察官・弁護士による裁判)に尽きない。今年の7月から司法制度改革審議会がスタートするが、裁判の現場の改革のみでは、いま緊急課題になっている国家理念の創造に答えた改革にはならない。いま一番必要なのは、一般の市民生活や企業活動をふくめ、およそ私たちの生活のすべてにわたって「法の支配」の理念を徹底することなのである。 日本が明治維新後133年にわたって一貫として軽視してきたのは、法の尊重の精神である。今日グローバル化やアングロ・サクソンスタンダードといわれるものは、要するに民主主義による自由な市民生活の保障なのである。官主導・行政指導による事前規制を受けた民間活動ではなく、国民は自己責任に基づいて自由に活動することが出来るのであって、ただその活動につき正義の法に基づく事後審査・事後チェックがなされるに過ぎないのである。それ故、新しい日本の国家理念の一つに「法の支配」の徹底を加えなければならない。


 これからの日本の国造りの過程において、どこまで真剣に法律を基準にした国造りをするかにより、東アジアの中における日本の役割が異なってくる。日本のアジアの国々への貢献は、物造りの輸出に終わってはならない。21世紀はモノに比べ知識が一段と価値を持つ、知識社会になる。  むしろ日本の役割は、東アジア圏の国々が今後欧米型の国家システムを導入するにあたっての指導・お手伝いであろう。 アジアの国々はそれぞれ長い歴史があり、これからの市場経済の発展の過程においても、そのまま欧米型の国家システムが導入できるわけではない。日本は同じアジアの国として、過去133年にわたって欧米の国家システムにより経済発展を果たしてきた経験を、これらの国々に伝授することのほうが一層価値ある事業といわねばならない。



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