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通巻 194号

特集 労働市場最前線 ―労働力需給調整システムをとりまく環境―
「ミスマッチ解消・緊急雇用対策」は効率を上げるか?
 去る5月16日、政府は「ミスマッチ解消を重点とする緊急雇用対策」を策定、同日閣議決定した。完全失業率が現在4.9%という高水準で推移する中、失業の最たる原因であるミスマッチ(労働力需給の不一致)を解消することが、雇用対策として緊急の課題であることは異論がない。  バブル経済崩壊後、政府は幾多の経済対策・雇用対策を講じてきた。これまでは、新規・成長の産業分野の発展・拡大を基軸とした自然的な失業解消策、雇用保険制度等セイフティ・ネットの強化が中心であり、外部労働市場に直接介入することには消極的であった(職業安定行政の謙抑性ともいうべきか?)。今回の雇用対策は、労働力需要サイドには雇用創出と就業促進に係る助成制度を、供給サイドには職業訓練の強化、拡充を図ることを重点にまとめられている(対策のポイントについては、後掲)。また、新たな予算措置はなく、これまでの各種助成金制度の改革を進めることが骨格となっている。
外部労働市場における能力開発サイクル
〜かくして能力開発は重要である〜
 近時、ブルーカラー、ホワイトカラーを問わず、労働者の職業能力開発の意義が重要となっている(政府サイドからは「職業訓練」という語が一般的だが、労働者個人のレベルでの問題として、以下「能力開発」の語を用いる)。終身雇用制が完全に維持されていれば、能力開発の必要性は極めて低いが、今やそうはいかない。 自発的な能力開発を支援するものとして教育訓練給付制度が98年12月 に始まっているが、今後は政府が主導して行う、1.失業者の再就職を促進させるための能力開発(消極型失業対策) と、2.ミスマッチ失業を予防するための能力開発(積極型失業対策)が雇用政策上、大きなウエイトを占めてくる。 1・2については、それぞれ外部労働市場において能力開発サイクルと言うべき、わが国の経済と雇用にとって理想的 な循環構造を持ち合わせている。 まず1では、失業者に対して一定期間、失業給付を行いながら教育訓練を施すこと により、能力開発が達成されれば、難なく再就職が達成される。再就職と同時に、能力開発の結果として労働者の生産 性が従前より向上し、企業の業務効率改善、実績向上に役立つことになる。そして、全業種でそれが実現することにより、 景気回復と経済の国際競争力の強化につながり、投資、求人申込が増大していく。最終的に、別の失業状態を解消する手立 てとなっていくわけである。また2でも、在職者の能力開発を行うことは、将来発生するであろう1のコストを抑え、 労働生産性を向上させて、同様のサイクルが生じる。労働者個人に対する投資が、このようなサイクルを生みながら (かつ、有効需要を創出しながら)、経済のボトムアップ、景気回復という外部経済をもたらす。2005年以降、労働力人口 が減少に転じようとしている中、雇用対策の原点は能力開発であるという発想が求められている。
積極型失業対策も、常時必要な時代である
 IT革命に象徴されるように、企業の内部構造、産業システムのあり方が高度な変革を遂げる転換期にさしかかっている。またこれは「革命」であるが故に、不確実な要素も多々あり、職業人として求められる能力の内容、水準も日々変化していくといえる。労働者が個人の力でこの不確実性に対処していくには限界があり、冒頭で述べた外部労働市場への政府の積極的介入があってこそ、失業防止という点で市場の安定が達成されるといってよい。  5月の緊急雇用対策ではこの視点が欠けており、ミスマッチ解消は一時的な効果にとどまることが今から懸念される。  在職者にも能力開発を行う積極型失業対策が、現在よりも規模を拡大し、常時実施されるべきと考える。
「職業能力開発10か年計画」を策定すべき
 ここまで、能力開発の重要性を指摘し、特に積極型失業対策についてもその意義に触れたところである。ミスマッチ解消を目的とした失業予防を重視することにより、能力開発の主体は失業者、在職者に加え、学生、主婦などの潜在的な労働者にも当然及ぶ。  そこで、労働省では国民全体で職業能力のレベルアップを図るべく「職業能力開発10か年計画」(仮称)を策定し、目標設定、到達期間、方法などにつき具体的な指針を定めるべきではないだろうか。例えば、10年間で国民の3割につき基本的なパソコンスキルを習得させるというプランが考えられる。10年という目標期間が妥当かは議論があろうが、当面の目標とその行動計画を明らかにする必要があると思われる(緊急対策の繰返しよりも、効果は期待できるであろう)。雇用ミスマッチの解消は、長期間を要する国家プロジェクトと捉えるべきである。


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