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カテーテル特許訴訟の逆転劇 米国特許弁護士 服部健一
米国特許弁護士 服部健一

作戦会議
翌朝、木梨弁護士と2人でインディアナポリスのベルべスコスらが待つウッダード法律事務所へ向かった。
ベルべスコスら3人がわれわれを迎え入れた。
「やあ、ようこそ。
  ケン、そしてミスターキナシ」
「彼のファーストネームはサダオだ」
「OK、やあサダオ」
木梨弁護士は自己紹介しながら、ベルべスコス、ワグナー、ズレイタスらと握手し終えると、ベルべスコスの秘書のアンドレア嬢が熱いコーヒーを運んできた。
「これはありがたい。朝早くたったので、コーヒーもまだ飲んでいないんだ」
コーヒーを1口すすると、ベルべスコスが口を開いた。


「早速、本題に入ろう。われわれは発明者5名のほかに特許部長、研究部長の計7人のデポジションを計画している」
「たぶん、それに数人加えなきゃいかんだろうな」
「何か理由はあるのか、ケン」
ベルべスコスがいぶかしげに聞く。
「2つ理由がある。われわれはヤマザキ・メディカル社の書類を徹底的に調べた。中でも興味があるのは特許を取得したときの記録だ」
「それはわれわれも調べてあるが」
ヤマザキ特許の鑑定を書いているのでその時に米国の特許庁のファイルはすべて調べているワグナーが答えた。
「いや、これから調べる先は、米国特許庁の記録ファイルであるファイルラッパーではないんだ」
「というと?」
「特許を取る過程でヤマザキ・メディカル社と米国特許弁護士の間の書面で不思議な点がある」
「そいつは何だ?」
「その前に確認したいことがある。ヤマザキ・メディカル特許の一番重要な点は形状記憶合金が10℃で変化する点だな?」
「その通り。特許の権利範囲を示すクレームには『最大でも約10℃(at most about 10℃)』と記載している」
さすがにワグナーは詳細な点まで覚えていた。
「これは米国特許庁での手続き中に補正して加えた温度限定なんだ」
「それもファイルラッパーには記録があった」
「そう。しかし、ヤマザキ・メディカル社の特許部が米国弁護士のシュナイダーに送った補正の書類にはタイプで『最大でも10℃』となっており、『約(about)』は入っていなかったんだ。」
「本当か?」
「そうだ。しかし、何者かが手書きで『約(about)』を挿入したんだ」


「もし『約』がなければ10℃は一切超えないことになる」
「しかし、『約(about)』と加えたことで10℃を多少超えても権利範囲に入ることになる」
とワグナーがつぶやいた。
「おそらく、シュナイダー弁護士はそう議論するだろう」
「そうすると、ウィルソン社の製品は、10.5、12、15℃、そして、20℃で反応する4つのカテーテルがあるが、少なくとも10.5℃と12℃はヤマザキ特許の権利範囲に入ることになるのか」
「う〜ん、嫌らしい点だな」
ベルべスコスが太い腕を腕組みしてうなり、それから少しぬるくなったコーヒーをがぶりと飲んだ。
「つまり、誰が手書きで『約』と入れたということがデポジションの焦点になるということか」
「その通り」
しばらく全員が黙っていた。
「さっき、問題点は2つあると言っていたなケン?」
ベルべスコスが沈黙を破った。


「ああ」
「もう一つの点は何だ」
「もう一つの点は、ヤマザキ・メディカル社はこの特許を出願する寸前に日本の厚生省に製品製造許可を申請したらしい」
「それで?」
「この申請書は表紙しか提出書類に入っていないので、どういう製品について申請したかわからない」
「それがどうした?」
ベルべスコスは何が問題かわからないのでいらいらしている。コーヒーカップを手に持って中のコーヒーをぐるぐる回しながら聞いてくる。
「製品の製造許可申請書には当然カテーテルの材料、反応温度、太さ、長さ、表面処理、コーティング等の詳細な情報が記載されているはずだ」
「だろうな」
「それと特許出願の明細書の記載が一致するかどうかは興味ある問題だ」
私はベルべスコスがまだきょとんとしているので、ニヤっと笑ってじらしてやった。
「ベストモードの問題か!」
ようやくワグナーが気付いたらしく大声をあげた。
私は皆の顔を見回し、うなずいた。


 ベストモード(最良の例)とは特許の明細書には発明者が出願時に知っている発明の最も良い例を記載しなければならない条件である。特許は技術内容を公開する代償として独占権が与えられる。すると発明者は他人に真似されないように発明の内容をできるだけ隠して出願したがるものだ。それを阻 止する条件がベストモードで、これはアメリカ特許制度のみにある条件で日本特許制度にはない。ヤマザキ・メディカル社は特許出願前に厚生省に製造特許願いを提出しているが、 果たしてそこに示されているカテーテルの詳細な構造が特許出願にも記載されているかは実に興味ある問題となるのだ。というのも、日本にはベストモードの条件がないから記載漏れがあることは考えられる。ベストモード違反があると特許は無効になる。
「こいつはすごいぞ!ベストモードの問題か。考えもつかなかったな!」
ワグナーが興奮し始めた。


「いや、まだその可能性があるということで、本当にそうなっているかはわからない」
「ヤマザキ・メディカル社が提出した書類にはその表紙だけしかないのか?」
ベルべスコスが聞く。
「その通り。20万枚近く提出されたすべての書類を見たが、その一枚しかなかった」
「やつらが隠しているんだ」
「その可能性はあるな」
ベルべスコスは少なくなったコーヒーを見ながら、
「どうやってすべての書類をださせるかだ」
「まず、書類提出要求(document request)をするんでしょうね」
アメリカの訴訟では、必要な書類は相手側にどんどん要求できる。
「それに製造許可願いに関する質問状(interogetory)も出すべきだな」
ベルべスコスが付け加えた。質問も相手にどんどんできるのだ。


「グレート!」
ワグナーは感極まったように叫んだ。すると会議室のドアが開いて
「おいおい、何の騒ぎだ?」
とエムハルトが入ってきた。
「大変なニュースがあるんだ!」
ズレイタスが騒いだ。
「ほほう?」
ワグナーがかいつまんでファイルとヒストリーとベストモードの問題を説明した。
「なるほど、そいつはすごいぞ」
エムハルトも応じた。
「まったく訴訟は生き物だ。どういう展開になるかわからないものだ」
この訴訟のリーダーであるベルべスコスがつぶやいた。もうカップのコーヒーはすっかり空になっていた。




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