↑What's New ←目次
vol.1
新 知的財産ウォッチング
〜 名 前 を め ぐ る 話 〜
振譜 真朗

花婿の名前は?
 先日たまたま朝のワイド・ショー番組を見ていたら、最近映画やテレビで活躍中の高島礼子さんという女優の結婚披露宴の様子が報じられていた。お相手は同業の高知東生(たかち・のぼる)さんだという。筆者は芸能界の情報には詳しくないのだが、モシカシテと思い、念のため家内に聞いてみると、案の定、彼は以前に高知東急(読みは同じくたかち・のぼる)と名乗っていた人であった。  そこで、1年前の事件を思い出したわけである。事件というのは、鉄道会社である東京急行電鉄株式会社が原告となり、高知東急の芸名で芸能活動を行っていた被告に対して、「東急」は原告や原告を中心とする東急企業グループの営業表示であるから、不正競争防止法2条1項1号に該当するとして、その芸名の使用の差止めを求める訴えを起こし、認められたというものである。


 前記不正競争防止法の規定は、第2条「この法律において『不正競争』とは、次に掲げるものをいう」の定義について、その類型の一つとして、自己の商品・営業を他人の商品・営業に混同させる行為を規制するものであるが、従来の判例では、「混同」とは、商品そのものや営業を行っているものが同一であると誤認させることであり、 「混同を生じさせる行為」というためには、両者の間に競争関係があることを必要とするという解釈が一般的であった。従来の解釈では、ここで問題になっている原告と被告とでは鉄道会社と芸能人ということで競争関係にないということになり、「東急」という芸名で芸能活動をしても「混同を生じさせる行為」とはならず、何ら問題はないことになる。


フリーライドは違法か?
 しかし、近年、企業経営の多角化がますます進み、競争関係の有無だけで判断する従来の考えでは保護しきれないという現実もある。そこで権利関係に敏感な米国流のフリーライドやダイリューションという考え方が入ってきた。前者は、他者の築いた名声や信用にただ乗りして自分に有利な営業活動等を行うことをいい、「スナック・シャネル」という酒場がファッションメーカーの「シャネル」に名称の使用を差し止められた事件等がそれにあたる。また、後者では特定のものの特定の商品または営業等を示す表示であったものが、 多くの他者がいろいろなところに使用したために本来のものとの結び付きが希釈されてしまう現象をいう。例えば「味の素」は本来、一企業が製造販売する特定の化学調味料の商品名であったものが、有名になり過ぎて類似の化学調味料一般を示す普通名詞化してしまったようなことである。そこで、これらの考え方の影響を受けてこういった行為や現象を防止する意味から、前記規定を広義に解釈する判例が多く見られるようになってきた。


東急はあて字
 この事件でも裁判所は広義に解釈する立場を採り、原告の主張を認めた。
 裁判所は「混同」をこれまでの商品または営業主体が同一であることのみならず、「周知商品又周知営業表示の主体と類似商品又は類似営業表示の使用者との間に経済的若しくは組織的な何らかの密接なつながりがあるのではないかと誤信させることをも含むものと解すべきであり」とし、さらに「周知表示の主体が企業若しくは企業グループであり、類似表示の使用者が個人である場合に、類似表示の使用者が周知表示の主体に所属している、
又はその活動が支持され若しくは類似表示の使用を許諾されているという関係や、資金的援助を受けるといった関係をも含むべきである」との考えを示した。そして、「原告を含むグループ企業が交通、建設、不動産、流通、観光、娯楽、ホテル等の分野で全国的、多角的な事業活動を展開し、『東急』の表示は原告及び関連企業グループの営業表示として周知、著名となっており、『東急』という表示が原告等を連想させることは明らかである。


また、東急グループは文化施設 Bunkamura における音楽、演劇、美術、映像等の催しや、コンサート、映画の上映等芸能に関連する催しを広く行っている。他方、被告は『高知東急』の芸名でテレビや映画に出演する等の芸能活動を行っているが、原告を含むグループの営業表示である『東急』と被告の芸名である『高知東急』は類似である」として「被告が『高知東急』の芸名を使用して芸能活動を行うことは、原告を含む東急グループと被告の間に所属関係がある、 ないしは被告の芸能活動が支持され若しくは芸名の使用が許諾されているといった組織的な関係や、資金援助を受けているといった経済的な関係等、何らかの密接な関係があるとの誤信を生じさせる蓋然性が高いと考えられ、したがって、混同のおそれがあるものと認める」として原告の請求通り、被告はその芸能活動に『高知東急』その他『東急』の文字を含む名称を使用してはならないとの判決を下したのである。


 被告はもちろん裁判の中でそれなりの反論は試みたが全く認められなかったことから、最後まで争っても勝算はないとみたか控訴はせず、第一審の判決は確定した。かくして、被告は芸名に「東急」の文字を使うことはできなくなったが、「のぼる」という読み方まで禁じられたわけではない。もともと「のぼる」を「東急」と書くのは全くの当て字であるから何と書いてもよいわけである。 そこで「東急」を「東生」と変え、読み方はそのまま「たかち・のぼる」として芸能活動を続けることとなった。事件は有名企業が訴えたという話題からか、かえって彼の名前を一般に知らせる結果となったようだ。さらに、このたびは美しい花嫁さんも射止めて、まずはメデタシということであろうか。


芸名あれこれ
 ところで、芸名といえば、数年前のことになるが、芸名があわや使えなくなるかもという事件があった。それは「加勢大周」(本名・K)という若い俳優さんが、所属の芸能プロダクションを離れて別の芸能プロダクションと専属契約を結んだところ、前の芸能プロダクションが彼との専属契約を盾にとって「加勢大周」の芸名を用いての芸能活動を禁じようと裁判ざたになった事件である。この場合は訴えられた「加勢大周」に軍配が上がった。しかし、両者の確執は相当に激しく、裁判における争点も多数あり、それらの認定、判断もかなり難しいものであった様子は判決から読み取ることができる。
 まず、原告プロダクションと被告Kとの間の専属契約中に芸名等の使用承諾権に関して
「原告は被告の芸名『加勢大周』・写真・肖像・筆跡・経歴等の使用を第三者に許諾する権利を有する。 被告は原告の許諾なしで右芸名『加勢大周』等を第三者に使用させることはできない」という条項を設けていた。一方、契約期間に関しては、「契約の期間は平成2年6月1日から3年5月31日までの1年間とする。期間が満了したときは、当事者が別段の意思表示をしない限り自動的に更新され得る。ただし、当事者の一方が更新を欲しないときは満了の3ヵ月前までに書面によってその旨を相手方に通知しなければならない」としていたが、訴えた時点で既に期間は過ぎていた。そこで、この事件では、この専属契約が存続しているか否かが最大の争点となったのである。


 東京地裁の第一審では、被告は、原告との専属契約は更新拒絶または契約解除によって消滅したと主張したものの、原告の主張を認め、専属契約が更新されて存続していると認定した。さらに、この判決で裁判所は、原告の芸能プロダクションが「加勢大周」を商標登録し、 芸能人の氏名等は独立した経済的利益や価値をもち、排他的に支配する財産的権利の一つであるから、許諾なしに使うことは許されない旨の判示をした。結果、被告Kは加勢大周の芸名による芸能活動を禁ずる判決を受け、関係者や専門家の間でかなりの論議をよんだものである。


 そこで、被告は判決を不服として控訴したところ、東京高裁はKの主張を認めた。本件契約は平成3年6月1日に更新されたものの、その後被告の更新拒絶の意思表示により契約は平成4年5月31日をもって終了したとし、原判決を取り消したのであった。原告は上訴しなかったので控訴審判決が確定し、被告は晴れて「加勢大周」の芸名により芸能活動を行う自由を得たわけである。  さて、原告の芸能プロダクションは第一審に勝訴したこともあってか、別の新人に「加勢大周」を名乗らせてデビューさせたので、一時は2人の「加勢大周」が存在するという奇妙な状況が現出したが、控訴審が確定したことから、第二の「加勢大周」は「坂本一生」の芸名で再出発することになり、一件落着した。


※不正競争防止法第2条1項1号
第2条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。 一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一 若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、若しくは輸入して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」



←目次

↑What's New ←目次
vol.1
Copyright 1999 株式会社東京リーガルマインド
(c)1999 LEC TOKYO LEGALMIND CO.,LTD.