実務家インタビュー
- 飯窪 光隆さん
- Hisako Yoshimura
株式会社アセッツアールアンドディー
代表取締役社長
不動産鑑定士
一級建築士
過去
前職はどのような仕事(業種)をされていましたか?
ゼネコン・ディベロッパーで建築、都市開発、不動産鑑定、コンサルティング業務を主に行ってきました。
いつ不動産鑑定士になられましたか?
2次試験合格は平成3年、3次試験合格は平成6年、鑑定士登録は平成7年です。
当時の試験の状況と学習指針を教えてください。
2次試験は仕事をしながらの受験であり、時間の確保に苦労した。とにかく、空いた時間に細切れでも基準を暗記するように努めました。通勤電車の中や移動中、昼休みや睡眠時間の削減、飲み会への参加率低下など(笑)。また、子供が生まれたばかりで、夜泣きに苦しめられました。2次試験は2度目の受験で合格、3次試験は1度目の受験で合格しました。
どうして不動産鑑定士を目指されたのですか?
前職で建築部門から都市開発部門に移動を希望したとき、自分の強みを差別化するために不動産鑑定士になることを志しました。
不動産鑑定士になりたての頃の仕事状況とその環境について教えてください。
前職の関係会社で不動産鑑定業を開始し、一般鑑定、会社関係のレポート、再開発にかかわる鑑定などを行いました。登録をしてすぐに専任で行ったため、試行錯誤の毎日でした。
不動産鑑定士になってから現在までの経緯を教えてください。
会社組織に属しながら専門職業家として鑑定業務を行っていましたが、社会人となった時から独立志向があったため、平成12年に退職し、独立しました。独立したての頃は、全国各地の不動産を自ら評価して回りました。殆どの都道府県を業務で制覇しました。業務内容は充実していましたので、達成感をいつも持っていました。
現在
主にどんな仕事(業務)をされていますか?
現在は、代表取締役として全社的なマネジメント業務を主に行っていますが、ややこしい評価は自ら行うこともあります。鑑定業務のほかに建築エンジニアリング業務、子会社で宅地建物取引業務も行っています。
先生の普段の1日を教えてください。
8:30に出社、一日のスケジュールの確認、メールのチェック、書類のチェック、幹部会議、営業会議、昼食、顧客との打合せ、取締役会の資料作り、会食、21:00帰宅といった感じの毎日です。
現在の業務のやりがいと不動産鑑定士という専門職としてのやりがいは何ですか?
現在は一担当者としての不動産鑑定士ではなく、全体をマネジメントする立場の不動産鑑定士であり、業務内容がおのずと異なってきます。ウェイトがマネジメント寄りになってきていますが、違った意味で大きなやりがいがあります。
鑑定実務上のトラブルや失敗談はありますか?
実査に行き、総理総裁候補の自宅があるマンションの調査を開始し、写真を取り始めた途端に、警察官が飛んできて職務質問をされました。幸いに事情と身分を明らかにしましたところ、「ご苦労様です。」とにこやかに開放してもらってというほろ苦い経験があります(笑)
不動産鑑定士になりたての頃、考えていた目標や夢は実現に向かっていますか?
鑑定士になりたてのころは、「数名の事務所で独立だな。」と思っていましたところ、現在では建築部門、宅建部門を持つ50名弱の総合事務所になってしまいました。現在でも業務内容は大変充実しています。
将来
先生が考える鑑定士の将来性について聞かせてください。
個人的な意見としましては、専門バカ的な不動産鑑定士では駄目で、視野が広く、幅広い知識と経験を積んだ不動産鑑定士が理想ですし、そうなりたいと常々思っています。社員にもそういうプロとしての不動産鑑定士になって欲しいと願っています。
先生は、不動産鑑定士としてこれからどういう仕事をされたいですか?
現在はまだその過渡期ですが、将来的には総合的なワンストップソリューション事務所となれるようにしたいと思っています。不動産鑑定士という立場のみでの業務は少なくなるかも知れませんね。
ご自分の将来像について聞かせてください。
業務を拡大して、総合的なワンストップソリューション事務所となり、いずれは株式を公開したいと考えております。
その他
もし生まれ変わっても不動産鑑定士になりたいですか?
不動産鑑定士になってよかったと思いますが、生まれ変わったら実は他になりたい職業もあるんですよ(笑)
女性ならではの不動産鑑定士という仕事のやりがいや適性はありますか?
やはり女性は男性にない「女性特有の感性」を持っていると思います。また、女性の性格は全般的に堅実なタイプの方が多いので、こつこつ積み重ねるような鑑定業務が向くのではないかと思います。