国際商事紛争の解決の手法として訴訟とともに重要な役割を果 たす国際商事仲裁。その制度と担い手、現状について社団法人国際商事仲裁協会主任研究員・中村達也氏にうかがう。
 
中立な第三者による判断
まず仲裁の基本的な仕組みについてうかがいたいと思います。
仲裁とは、中立な立場の第三者である仲裁人に判断を委ねる紛争解決の制度です。まず紛争が生じて、話し合いによって解決できないとき、第三者である仲裁人に争いを委ね、その判断に服することを当事者間で合意します。これを仲裁合意と呼びます。そして仲裁合意に基づいて仲裁人が下した判断は、当事者間において確定判決と同一の効力が認められています。いわば当事者の合意で創設された私的裁判所とも言える制度です。
社団法人国際商事仲裁協会(JCAA)の活動内容は?
仲裁は当事者の合意に基づく紛争解決手段ですが、手続についてルールを定めたり、サポートする機関が必要となります。国際商事仲裁協会は紛争当事者に対して独自の手続ルールを用意し、そのようなサービスを行っています。
 海外には同様の仲裁機関がいくつもあります。代表的な機関としてフランスにある国際商業会議所(ICC)国際仲裁裁判所があります。また、アメリカ仲裁協会(AAA)も国内だけでなく、国際仲裁でも広く利用されています。
仲裁で解決する紛争の事案には、どのような内容が多いのでしょうか?
国際商事仲裁協会が扱う紛争で、もっとも多いのは販売店契約を含め物品の売買に関するもので、全体のほぼ半数を占めています。その傾向は、ここ20〜30年変わっていません。その他、請負契約に関する紛争、IP(Intellectual property:知的財産)関連の紛争などがあります。
 ただし、契約関係にない者との紛争を仲裁で解決することは困難です。仲裁は仲裁合意が前提です。当事者は契約の際、条項の一つとして、紛争が生じたら、仲裁によって解決する旨の規定を盛り込んでいるから仲裁に持ち込まれるというケースがほとんどです。それがない場合、たとえば著作権侵害で、侵害した者と、事後的に仲裁契約を結ぼうとしてもまず不可能です。そこが仲裁の一つの限界とも言えるでしょう。
 
国際商事仲裁の担い手
仲裁人の選定方法についてうかがいます。
裁判では当事者は裁判官を選ぶことができませんが、仲裁では当事者に仲裁人の選定権が与えられています。仲裁人の人数も当事者間の合意で決めることができますが、仲裁機関ごとに規則があり、原則的な仲裁人の人数を定めています。1人または3人というケースがほとんどです。
 仲裁人が3人の場合、そのうち2人は当事者が選定します。残りの1人、第三仲裁人については、仲裁機関によって当事者選定の2人の仲裁人が選定する方法をとるところもあり、仲裁機関が第三仲裁人を選定するところもあります。
 国際商事仲裁協会の規則では、原則として当事者選定仲裁人の2人が第三仲裁人を選定します。また、一般 に第三国籍の人が第三仲裁人になるのが実務の慣行です。つまり、当事者が日本企業とアメリカ企業で、仲裁人が3人という場合なら、日本・アメリカ・第三国という国籍構成が典型的なパターンということになります。
国際商事仲裁協会では、仲裁人のリストを用意されているのですか?
「仲裁人名簿」というリストを用意していますが、あくまで仲裁人を選定する便宜に供するもので、そのリストから仲裁人を選ばなければならないということではありません。海外の仲裁機関の中にはリストからしか選べないとするところもありますが、それは少数派で、リストを用意していない仲裁機関も多くあります。
 当事者が自由に仲裁人を選ぶ。それが当事者自治による自主的な紛争解決を目的とする仲裁の魅力の一つと言えるでしょう。
仲裁人に求められる能力は?
法的に判断して紛争を解決する仕事ですから、当然、リーガルなバックグラウンドが求められます。具体的には弁護士や大学教授といった方がほとんどです。また建設工事紛争や知的財産権紛争といった特殊な分野の紛争は、事実関係が複雑なため、その分野に精通 する専門家が仲裁人として選任されることもあります。とはいえ、専門知識だけでは適正な判断ができはません。やはり必要条件は法律家であることで、事案によっては専門性を有していれば、より望ましいということでしょう。また多くの場合、仲裁手続は英語で行われますので、語学力も必要です。日本人の法律家も、語学力を含めて高い能力を持っていれば、第三国籍の仲裁人として世界を舞台に活躍することは可能です。
わが国では外国法事務弁護士は国際商事紛争にどのように関与しているのですか?
通常、当事者は弁護士によって代理されますが、1996年に「外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別 措置法」が改正され、外国弁護士が一定の要件のもとで国際仲裁事件の手続について代理を行えることが明確になりました。それまでは代理人になるのは日本の弁護士だけでした。外国法事務弁護士が代理人となった場合、仲裁判断が裁判で取り消される可能性が否定できなかったためです。外国企業にしてみれば、フラストレーションがたまる面 があったと思います。日本の弁護士より、やはりカルチャーが同じ自国のロイヤーに頼む方が安心という面 があるでしょうから。外弁法が改正された結果、外国法事務弁護士や外国弁護士の代理人が増え、仲裁人も外国人が増えつつあります。
 
仲裁という手法のメリット
裁判という紛争解決手法と対比したとき、仲裁にはどのようなメリットがありますか?
第一に、仲裁判断の国際的な通用性です。裁判の場合、判決を外国で執行することは必ずしも容易ではありません。日本の裁判所の判決を外国で執行する場合、どのように扱われるかは国によって異なります。一方、仲裁判断の執行については「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」という条約があります。通 称「ニューヨーク条約」と呼ばれる同条約は、仲裁判断の承認、執行を保証する国際的ルールで、現在、日本を含めて130カ国以上の国と地域が締約国として名を連ねています。
 第二に、中立性が挙げられます。企業には、紛争の相手国で裁判を行えば、相手側に有利なバイアスがかかるのではないかという懸念があります。その点、当事者間で仲裁人を選定できる仲裁は、中立性が確保できるわけです。
 第三に、手続の柔軟性です。裁判は民事訴訟法で手続に関する細かい規定がありますが、当事者の合意を基礎とする仲裁にはそれほど細かな規定はありませんから、当事者は仲裁人や手続について自由に決められます。たとえば手続の使用言語も自由です。裁判はその国の公用語を使用しなければなりませんが、仲裁は公用語にリンクしていませんから、通 訳や翻訳にかかる時間やコストを省くことができます。また裁判は被告に対する訴状の送達を外国で行うとき国際司法共助の手続を経ますが、仲裁はそのしばりもないため手続がよりスムースです。
 第四に、公開が原則の裁判と違って、非公開であることです。一般に仲裁の手続は非公開で、仲裁判断も当事者の合意がない限り公開されません。営業秘密に関する紛争は当然として、そうでない紛争についても企業にすれば、できれば秘密裏に紛争を解決したいことが多いはずです。
 第五に、専門性です。先程申し上げたように国際商事紛争には、建設工事や知的財産権など特殊な分野の紛争があります。そのようなとき、その分野に精通 した専門家を仲裁人として選定できることもメリットです。
 
国連の仲裁モデル法
国際商事仲裁の実績についておうかがいします。
諸外国の仲裁機関のうち、ICCなど多いところでは年間に3桁もの事件が持ち込まれていますが、日本の国際商事仲裁協会に持ち込まれる事件は年間十数件という状況です(資料参照)。
 わが国における紛争解決手段としての認知度の低さもあると思いますが、諸外国の仲裁機関でも、日本企業が当事者になっているケースが少ないようです。紛争は、日本企業だろうと外国企業だろうとだいたい同じように発生しているとすれば、日本企業に関連する多くの紛争が、裁判や仲裁に持ち込む前に、相対交渉による和解というかたちで解決が図られていると推測されます。
経営者に紛争を忌避する傾向があるということでしょうか?
一般に日本企業には仲裁や裁判に持ち込む前に、話し合いによって自分たちで解決したいという意識が強いのではないでしょうか。それが友好的な解決を得意とするということを意味するだけであればいいのですが、外国企業から「仲裁を申し立てる」と言われると、譲歩してでも、なんとか話し合いで解決したいというケースが少なくないとすれば、より積極的に仲裁の活用も考えていくべきだと思います。
 また日本では、仲裁制度の法整備が遅れているということもあります。仲裁法制は、旧民事訴訟法の第8編にあったのですが、現行民事訴訟法の制定の際に、改正作業が行われず、公示催告手続とともに、仲裁手続が古いまま残ってしまいました。結果 、単に名称が「公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律」に変わっただけで、実質的には明治23年に定められたままという、世界的に見ても、きわめて古い法律です。
司法制度改革推進本部の仲裁検討会で議論が行われています。
仲裁検討会における議論は、この古い法律を国際的レベルなものに刷新することが目的の一つです。1985年に採択された国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)の仲裁モデル法があります。仲裁検討会の第1回目で、これにできるだけ準拠してわが国の仲裁法を作るというコンセンサスができています。既存のレールがすでに存在するわけで、法律のドラフトを作る際、細かい問題が出てくるかもしれませんが、内容的には特に大きな争点はないと思います。
 日本の仲裁法が世界標準のものになれば、日本の仲裁法も国際的に遜色ないものになったというアナウンスメント効果 が期待できると思われます。私たちも、新しい仲裁法の成立を一つの契機として、仲裁の認知度を高め、また諸外国の仲裁機関との切磋琢磨の中、より満足度の高いサービスを実現していきたいと考えています。
 
アジア諸国に遅れる日本
日本がアジアにおける仲裁の拠点となる可能性は?
日本は産業分野では一流国であるとしても、残念ながら国際商事仲裁の分野では、アジアの中でも出遅れているというのが現実です。すでにシンガポール国際仲裁センター(SIAC)などは、アジアにおける仲裁の拠点として確固たる地位 を築いています。同国には国際商事紛争のための仲裁法があり、仲裁人の人材も多く、アジアでは第三国における仲裁地として同国が選ばれることが多いわけです。韓国も2年ほど前に仲裁法を新しくしていますし、中国も1995年に仲裁法を作り、機関として中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)が活躍しています。一方、日本は法整備が遅れ、地理的にも言語的にも、これからアジアのリーダーを目指すには厳しい環境に置かれていると言わざるを得ません。
 日本が仲裁地として選択されるようになるには、人材もカギです。仲裁人の担い手の養成については、国際仲裁連絡協議会がこの秋、仲裁人研修講座を開くことになっています。
仲裁の他、ADRの手法として国際商事仲裁で用いられるものは?
日本はようやく法整備を進めて、仲裁をもっと利用しようということになっていますが、欧米などは、時代が先に進んで、仲裁ではないADRをもっと利用しようという流れになっています。これまで国際商事仲裁がよく利用されてきた結果 、その長所・短所が一通り分かってきたということです。たとえば、仲裁は上訴がなく、1回の手続で解決できるため、裁判に比べれば迅速と言えますが、それでも結論が出るまでには相当の時間がかかります。コストの面 でも、仲裁人の報酬は当事者が負担しなければなりません。その点、ADRの手法の中には、数日間、数週間といった期間で、友好的に解決を図ろうというものがあります。最近欧米を中心に、より短期間に、費用もかけず、話し合いによって解決したいというニーズから、日本で言えば、調停にあたるメディエイションがよく用いられるようになってきています。
調停と、日本的な和を重んじるという風潮に、ものの考え方として通底する部分があるとすれば、日本が調停という手法でリーダーシップを発揮できる可能性もあるのではないでしょうか?
国際商事仲裁協会でも調停をサービスの一つとして用意はしていますが、現実には利用されていません。今後は世界の流れとして、調停が積極的に利用されていくとすれば、そのような可能性はなくはないと思います。

PROFILE

1957年生まれ。筑波大学大学院修士課程修了。1989年社団法人国際商事仲裁協会に入社。1998年仲裁部次長。2002年主任研究員(現任)。同年国士舘大学法学部助教授就任(現任)。著書に『国際商事仲裁入門』(中央経済社・2001)。