1952年高知県生まれ。早稲田大学法学部卒。弁護士開業後、高知県議会議員を経て、1990年衆議院議員初当選(現在四期目)。自治政務次官、法務総括政務次官、衆議院経済産業委員長等の要職を歴任。「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」の筆頭提案者であり、政府・与党内の意見調整、法案作成に尽力した。

年金危機、確定拠出年金制度の創設、デフレなど資産形成を取り巻く環境が大きく変化している。企業、個人はそれにどう対処すべきか。また、それを支援するファイナンシャル・プランナーの仕事はどう在るべきか。日本では希少な独立系ファイナンシャル・プランナーとして活躍されている大畠祐一郎氏にうかがう。
 
年金危機とFPの役割
少子高齢化時代を迎えて、財政状況が悪化するという懸念から公的年金※1や企業年金※2に対する不安が高まっているようです。
日本の公的年金制度は「給付積立方式」といって、世代間の助け合いを基本とするものです。現在の若い世代が現在の高齢者の年金を担う仕組みですから、今後、少子高齢化が進み、若い世代が減って、高齢者が増えていけば、当然そこには構造的な無理が生じます。将来いずれかの時点で「保険方式」、つまり自分たちが支払った分を積み立てて、将来、自分たちで受け取る仕組みに切り替えなければ、制度そのものが成り立たなくなるのは数理計算上、あらがいようのない事実です。
 もうひとつ公的年金制度の大きな問題として指摘しなければならないのは、支給額の算定が生活の実態に合っていないことです。しかも高齢化のピークを待たず、すでに公的年金ではとても暮らしていけないという状況が到来しているわけです。
将来に向けた資産形成を自己責任に基づいて行わなければならない時代ということですね。
公的年金だけでなく、企業から受け取る退職年金なども含め、自己責任において老後の蓄えを準備しておかなければならない時代を迎えている。概論としてはかなり多くの人がそのように理解していると思います。では、どれだけの人が時代の変化を的確にとらえて、意識改革を行い、具体的に対応しているのでしょうか。やはり、そこには専門家が介在する必要があります。主体的な資産形成の必要性を喚起し、アドバイスする専門職ということで、ファイナンシャル・プランナー(以下FP)の存在意義が今後ますます高まっていくことは間違いありません。
 
中小企業の退職金と大企業の退職金
老後の蓄えということで、サラリーマンとしては退職金に期待するところが大きいと思いますが、多くの企業で退職給付債務が問題化しています。その現状についておうかがいしたいと思います。
まず押さえておくべきことは、退職金は労働法上、明確に定義づけられた賃金ではなく、大企業と中小企業ではその意義に違いがあるということです。大企業の退職金の場合、老後の生活保障という性格が強いのですが、中小企業の場合、使用者、労働者とも恩恵的報酬という認識を持っています。さらに会計法や商法上は賃金の後払いという扱いになります。退職金について考えるには、その三つの解釈を踏まえなければなりません。
中小企業の退職金には、どのような問題があるのでしょうか?
経営者も含めて恩恵的報償という性格があると認識はされていても、実際の退職金規定は「退職時の基本給×勤続年数別 支給係数×退職事由別支給係数」という数式を用いた大企業並の年功序列的なものになっていることが多いのです。そのため、水面 下で積立不足が肥大化していて、ある日気付いて退職金を計算してみると、数億円に達しているというようなことが起きるわけです。退職金制度の再設計を要する中小企業は少なくありません。
大企業ではどのような問題が起きているのでしょうか?
多くの企業で大幅な積立不足が生じています。その退職金積立不足は会計上、債務に計上されますが、これまでは財務諸表の外にあって、表面 化しないものがありました。ところが2000年度から国際会計基準※3に基づく退職給付会計※4が導入され、これまで簿外であった退職金積立不足額も、債務として財務諸表に記載されることになりますと、財務体力の指標のひとつと見なされます。オンバランスされれば、財務内容が急に悪化したように見えるということです。それを放置すれば、株価が下がり、資金調達力にも悪影響が出かねません。退職金といっても遠い将来の危機ではなく、現時点の資金繰りに影響を与える可能性があります。大企業の場合、それが大きな問題です。
どのような対処法があるのでしょうか?
それを一気に解決する手立てが確定拠出年金※5、いわゆる「日本版401K」の導入です。これは、加入者自ら運用方法を選択する制度ですから、運用による資産の増減は労働者の責任に基づくものとされ、企業としては積立不足について心配しなくていい、財務リスクの低い制度ということになります。
労働者の側が注意すべきことはありますか?
「退職年金」といいながら、会社を中途退社した時、キャッシュとして受け取れないということです。その時点では証書のかたちで受け取るだけで、老齢給付金を現金化できるのは60歳に達した時点です。そのことを理解していないと、中途退社した後の、起業の資金であるとか、失業保険給付までのつなぎの生活資金として期待していて、実際退職した時にすぐには受け取れないことが分かって困ることになるでしょう。
 
確定拠出年金がなじむか
確定拠出年金が向いている業種、向いていない業種ということはありますか?
賃金といっても給与、賞与、退職金と、それぞれ性格が異なります。給与は大企業、中小企業を問わず生活保証という性格です。賞与は短期的インセンティブです。それに対して退職金というのは長い間、会社に貢献してくれたことへの対価であり、長期的インセンティブということになります。その点、確定拠出年金というのは受け取った時点で労働者自身のものになるわけで、長期的インセンティブとしては働きにくいことになります。裏を返せば、雇用の流動性が高い業態に向いた仕組みということになります。アメリカ社会でこの制度が誕生し、普及したのは雇用の流動性が高い社会であったことも影響しています。要するに長期継続雇用といった日本的雇用慣行がなじむ日本社会においては、確定拠出年金がなじむ業態は限られているということになります。レストランやエステティックサロンなど中途で辞めることが多い業種、長期勤続が前提ではない業態に向いているということです。逆に、熟練労働者にできるだけ長く勤めてもらいたいような中小企業であれば、長期インセンティブとして働かないという点では、向いていない仕組みと言えます。
確定拠出年金を導入する際、使用者はどのようなことを検討すべきでしょうか?
会社に対する貢献度や能力が反映されにくい仕組みですから、それを導入するのであれば、同時に賃金体系も見直して、より能力給的要素を盛り込むという手当てもすべきです。その他、考えられるデメリットとしては、適格年金と違って、制度の改廃には従業員の過半数の同意が必要になるため、特に運用益に個人差がついた時など、意見の集約が難しくなるということも想定できます。
 今や確定拠出年金の導入がちょっとしたブームのようになっていますが、そういう諸々の面 、制度的な難しさや注意点があることを十分理解した上で導入しているのか、その点、私はやや疑問を感じています。横並び意識で導入してしまうと、後々、困る経営者も出てくるのではないでしょうか。
 FPとしては、企業から確定拠出年金の導入について相談を受けた時、そうした点をきちんと説明しなければなりません。それも導入を前提として、どう運用するかということではなく、導入する、しないという段階からしっかりとした提案ができることが求められます。
 
実践力のあるFPを育成する方法
資産運用に関係する実近の話題として、今年4月のペイオフ解禁※6があります。資産運用に対する影響についてどのようにご覧になっていますか?
個人の資産運用について言えば、そもそも日本に1,000万円以上の銀行預金を持つ個人がどれだけいるかということです。むしろ金融機関の選択を誤って痛い目に遭う可能性を心配すべきなのは法人です。では、法人の間で銀行の選別 が始まり、預金のドラスティックな移動が生じているかと言えば、現実にはそれほど目立った動きはありません。ひとつには融資とのからみがあります。メインバンク制が採られ、預金が担保として押さえられていれば、取引銀行を変えたくても、変えられないということです。ペイオフの意義としては、これから金融機関も倒産する可能性がある時代に入るということを周知するという点にあると思います。
卸売物価指数が3年連続で下落しています。デフレ傾向が資産運用にどのような影響を与えているとお考えですか?
デフレーションによって企業の生産活動が停滞していることは問題ですが、個人に対するFPサービスという観点から言えば、資産価値が本来あるべき水準以下に落ち込んでいるとは思いません。地価にしても、バブルの時代の高騰が是正され、むしろ正常な水準に落ち着いたと捉える方が正しいでしょう。個人にとって現在のデフレ傾向は貨幣価値の上昇と同じことです。また資産形成について言えば、金融機関以外に有効な資産を形成するシナリオを描くのに適した時代と言えるのではないでしょうか。
厚生労働省にはFPは「技能士」として国家資格化しようという考え方があるようです。社会的ニーズが高まる中、求められるFP像とはどのようなものでしょう?
まず独立した存在であること。コミッション・ビジネスを行わないこと。スキルの面 で言えば、もちろん知識は必要ですが、オールマイティーのFPというのは、まず存在しません。とするなら、ライフプラン、金融、不動産、リスク(保険)、税、相続、すべてをカバーするスーパースターを目指すより、自分の専門分野をより強めることを心がけ、得意分野以外のことについては、専門家と提携することを考えるべきということになります。
 またFPというのはある意味、非常にユニークな専門職で、弁護士や公認会計士のように法を守ることが第一義的ではなく、まずは顧客の利益という仕事です。逆に言えば、だからこそ倫理観を強く持ち、自己規制することが不可欠なのです。それがなければ、例えば節税指導が行き過ぎて税法に触れたり、コミッションに目がくらんで、勧めた商品の投機性が後々問題になるなど、コンプライアンスという点で、陥穽にはまらないとも限りません。
 付言すれば、実践力のあるFPを育成するには、実践の場を用意することが必要です。そのためには各々の地域で相談会を開いて、有料でFPサービスを提供していくことが有効だと思います。そのような場をいかに確保、普及させていくか、この資格制度の関係者はそれを重要なテーマとして認識すべきではないでしょうか。

公的年金
国が社会保障の一環として行う年金制度で、厚生年金・国民年金・共済年金など。
企業年金
事業主と従業員とが掛け金を分担し、企業内で運営される私的年金。
国際会計基準(International Accounting Standards)
国際会計基準委員会が作成している、企業会計に関する国際的な基本的諸基準。国際証券監督者国際機構の承認を経て、各国に導入される事実上のグローバル・スタンダードであり、厳密な会計処理とディスクロージャーが特徴的。日本でも新会計基準として導入されている。
退職給付会計
退職給付の支給方法や退職給付の積立方法の違いに関係なく、一定期間の労働対価等の事由に基づき、企業が将来負担すべき退職給付額のうち、期末までに発生している部分を退職給付に関する債務として財務諸表に計上するもの。
確定拠出年金
拠出する額は確定しているが、加入者自身が拠出金の運用指図を行うため、運用実績により給付金額が変動するタイプの年金。確定拠出年金法が2001年6月に成立、2001年10月に施行され、日本でも導入可能となった。
ペイオフ解禁
預金は1995年6月の預金保険法改正により、全額が払い戻し保証されていた。しかし、2002年4月から金融機関が破綻した場合、定期預金など定期性預金については元本1,000万円とその利息までしか払い戻し保証されなくなり、2003年4月からは普通 預金など決済性預金も含めて、元本1,000万円とその利息までしか払い戻し保証がなされなくなる。