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vol.1
特別寄稿
“デジタル・アース”構想
−ゴア米副大統領の演説
株式会社インサイダー代表 高野 孟 氏


 ゴア米副大統領は、98年1月31日カリフォルニア科学センターで「デジタル・アース(電子地球)/21世紀に我々の惑星をどう理解するか」と題した演説を行った。
以下はその要点である。


 技術的革新の新しい波によって、我々の惑星と様々な環境・文化現象について、かつてなく大量の情報を捕捉し蓄積し処理し表示することが出来るようになった。その情報の大部分は“地理関連型”――つまり地表の或る特定の場所と関連づけられたものとなるだろう。
 この膨大な地理空間情報を利用する上での難問は、その意味づけ、すなわち原データを理解可能な情報に転換することだろう。 今日では、例えば、地球環境への理解を深めるべくデザインされたランドサット衛星があり、全地球の完全な写真を2週間ごとに撮る能力を持ち、
すでに20年間以上もデータを集積してきた。その画像の圧倒的大部分は、人間の力では何も読みとることが出来ないまま、電子的サイロに蓄えられて活用されるのを待っている。
 問題の1つは、情報を表示する方法である。人間の脳は7つ以上の断片データを一度に記憶できないほど処理能力が低い反面、もしそれらのデータが認識しやすいパターンに排列されて各部分が全体の中で意味づけられるなら、瞬時に何十億ビットもの情報を吸収できるほど解像能力が高いと言われる。


 従来のパソコンのOSでデータ操作に用いられてきた手法では、この新しい課題にはそぐわない。私が思うに「デジタル・アース」が必要である。その上に膨大な量の地理関連データを埋め込むことができるような多重解像度を持つ3次元の地球表現物である。
 例えば、幼い子供が地方の博物館のデジタル・アース展示に行ったと想像しよう。ヘッド・ディスプレーを装着すると、彼女は宇宙から見ているように地球を眺めることが出来る。データ・グローブをはめた手でズームインして、どんどん解像度のレベルを上げていくと、彼女は大陸から地域へ、国へ、都市へ、そしてついには個々の家々や木々まで見ることが出来る。もし探訪してみたい地域を見つけたら、その一帯の3次元映像を通じてまるで
“魔法のじゅうたん”に乗っているかのように楽しめる。もちろんそれだけでなく動植物分布や現在の気象はじめ様々な情報を呼び出すことが出来る。
 彼女は空間を移動するだけでなく時間を旅することも出来る。パリに飛んでルーブル美術館を訪れ、デジタル・アース上に重ねられている地図やニュース映画や新聞などの第1次資料を辿って、その一部を後で勉強するために自分の電子メールに転送するだろう。時間軸は、日・年・世紀さらには地質年代にでもセットすることが出来る。
 このプロジェクトが、政府や産業界や学術界の1機関でなしえないことは明らかである。「ワールド・ワイド・ウェブ」のように、たくさんの個人・企業・大学研究者などの草の根からの努力、そして政府機関による努力が求められている。


★必要な技術
 このシナリオはSF的かもしれないが、デジタル・アースを作るのに必要な大部分の技術や能力は、すでにあるか、もしくは開発中である。もちろんデジタル・アースは不断に進化を遂げて行くはずのものではあるが。以下に必要な技術のいくつかを挙げる。
《コンピューター科学》
高速コンピューターの出現によって、かつては観測不能だった現象をシミュレートし、観察データをよりよく理解できるようになった。コンピューター科学は経験科学・理論科学の限界を克服する可能性を与え、モデル化やシミュレーションによって地球データに新しい洞察をもたらすだろう。
《大量記憶》
デジタル・アースには数千兆バイトもの情報の蓄積が必要である。今年[98年]後半にはNASAの地球惑星計画は1日に1兆バイトもの情報を生むようになる。

《衛星画像》
当局は98年早々に、商用衛星システムが地上1メートルのものを解像可能な画像を提供できるようライセンスを与える。 これは、従来は航空写真でしか得られなかった、詳細地図を作るのに十分な精密度である。この技術は、元々は米政府の情報部門が開発したもので、驚くべき正確さを持つ。
《広帯域ネットワーク》
デジタル地球に必要なデータは、単一のデータベースではなく、数千もの別の組織が保持する。それには各サーバーが高速ネットワークで接続されていなければならない。インターネットの急速な発展の中で、通信会社はすでに秒速100億ビットのネットワークを実験しており、さらに「次世代インターネット」計画では、秒速1兆ビットが目標となっている。とはいえ、各家庭がこれだけの広帯域につながるにはしばらく時間がかかるため、デジタル・アースのアクセス・ポイントは博物館など公共の場所に置かれることになろう。


《相互運用性》
インターネットとワールド・ワイド・ウェブは、ごく簡単な通信手順で相互接続できるようにしたことで成功を収めた。デジタル・アースにも一定の相互運用性が必要で、或る種類のアプリケーション・ソフトで作った地理的なデータが別のソフトでも読めるようにする必要がある。GIS(地理情報システム)産業界は「GISオープン・コンソーシアム」を通じてこれらの問題を探求している。
《メタデータ》
メタデータは「データのデータ」で、画像はじめ地理関連型の情報を有用にするには、
その名称、場所、作者もしくは情報源、日付、データのフォーマット、解像度などが分かる必要があり、連邦地理データ委員会がメタデータの基準の策定を進めている。
 もちろん、デジタル・アースがその潜在力をフルに発揮するには、画像の自動分析、多様な情報源によるデータの融合、ウェブ上で必要なスポットについてのあらゆる情報を見つけるエージェント機能など、さらなる技術の進歩が必要である。しかしそのための手がかりはすでに現存している。


★潜在的な活用法
 この全地球的な地理空間情報をどのように活用できるかは我々の想像力を超えており、今日のGISや観測データの用途からその可能性を感じ取ることが出来るだけである。
《仮想外交の実施》
ボスニアの平和交渉をサポートするため、ペンタゴンは仮想現実による景観モデルを製作し、交渉者たちが問題の境界線に沿って空から旅するように眺めながらシミュレーション出来るようにした。交渉の或る段階で、セルビアの大統領は、サラエボとイスラム地域との間の回廊が山に邪魔されて狭すぎることを認め、それをもっと広がることに同意した。
《犯罪との戦い》
カリフォルニア州サリナス市は、GISを使って犯罪の場所や頻度などパターンを調査し、警官を素早く投入できる態勢をとって、若年者による銃器による暴力を減らした。
《生物種の多様性保護》
カリフォルニア州キャンプ・ペンデルトンの計画当局は、地域内の絶滅に瀕したり希少になっている動植物200種を保護するため、地形、地質、雨量、植生、土地利用・所有などのデータを収集し、地域発展計画を変更した。
《気候変化の予測》
気候変化のモデルを作成する上で未知の部分は、地球規模でどれほど森林破壊が進むのかということである。ニューハンプシャー大学の研究者たちはブラジルの同僚たちと協力して、衛星画像を分析することで地表の変化をモニターし、アマゾン流域の森林破壊率を算定した。この技術は世界の他の地域にも活用されている。
《農業生産の増大》
農民たちはすでに衛星画像とGPS(地球測位システム)を利用して、疫病の早期予防、肥料や水の管理に役立てている。これは“精密農業”と呼ばれている。


★前進への道
 我々は、大量の原データを社会や地球を知るための理解可能な情報に転換する前代未聞の機会に恵まれている。データには、地球の高解像度画像、デジタル地図、経済的・社会的・人口学的情報が含まれているだけではない。もし成功するなら、教育、持続可能な未来のための意思決定、土地利用計画、農業、危機管理など、幅広い社会的もしくはビジネス上の利益をもたらすだろう。デジタル・アースは、人災や天災に対処し、長期的な環境問題で力を合わせることを可能にするかもしれない。  デジタル・アースは、ユーザーが地理空間情報を探訪し検索し、製作者がその情報を開示するための1つのメカニズムを提供することが出来るだろう。それは、地球を様々なレベルの解像度で参照できる3次元映像、しかもネットワーク上で急速に成長し続ける地理空間情報を自由に歩き回ることの出来る“ユーザー・インターフェース”を提供すると同時に、多様な情報源からの情報を統合して表示するメカニズムを提供することになろう。


 ワールド・ワイド・ウェブとの比較が役に立つ。ウェブのように、デジタル・アースも、技術が改善され情報の活用が拡大するにつれて、時とともに有機体のように成長していくだろう。単一の組織によって管理されるよりも、むしろ何千もの異なる組織が情報を公開し、あるいは商業的な製品やサービスを提供することになろう。ウェブにとって相互運用性がキーワードであるのと同様、異なるフォーマットで作られたデータでもアプローチし表示できる能力が重要である。
 私の考えでは、デジタル・アースの開発に点火するには、政府・産業界・学術界が参加して試験田を作ることである。それは、教育や環境など若干の利用法と、

相互運用性に関連した技術問題、それにプライバシーにかかわる政策問題などに焦点を絞ったものになるだろう。プロトタイプが使えるようになったら、全国のあちこちにデジタル・アースを置いて高速ネットでつなぐ。疑いもなくデジタル・アースは一夜にして成らない。最初は、既存の多様な情報源のデータを統合し、子供博物館や科学博物館を高速ネットでつなぐところから始める。次に、全世界の詳細デジタル地図を開発する。長期には、地球と人類史のすべてのデータを指先1つで操作できるようにしたい。 数カ月以内に、私は各方面の専門家やNPOと、この構想を実現する戦略を練り上げたいと思っている。


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