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知的財産制度の発展にともなう弁理士のあり方

佐藤 辰彦氏 元日本弁理士会会長/創成国際特許事務所所長

聞き手:反町勝夫 株式会社東京リーガルマインド代表取締役

これまで弁理士は、特許出願、意匠出願、商標出願などの出願業務を中心として独占業務をしていたが、近時は知的財産制度の発展に積極的に参画するために、弁理士の業務が特定侵害訴訟、著作権、輸出入差止などの周辺業務にまで拡大されている。企業経営においては、知的財産の重要性が一段と顕著になっており、弁理士への役割が高まると同時に、その活躍の場が広がっている。佐藤辰彦氏は、知的財産制度の改革期において日本弁理士会会長としてさまざまな改革に取り組まれ、今なお内閣府知的財産戦略本部有識者本部員としてご活躍されておられる。同氏に、弁理士をとりまく現状および今後の弁理士業界のあり方についてうかがった。


■ 活躍の場の広がりとともに能力を発揮できる時代に

反町

司法制度改革の一環として、知的財産国家戦略が進行している現在、弁理士の活躍の場は広がり、働き方も多様化しています。

佐藤 辰彦氏 元日本弁理士会会長/創成国際特許事務所所長

佐藤

近年、企業内弁理士、いわゆるインハウスが増えています。それ以外に、海外の事務所に所属する日本人弁理士が増えています。国内でも、裁判所の調査官や調停員、知財訴訟で裁判官に助言する専門委員の制度ができ、特許庁の任期付審査官であるとか、税関の模倣品取締りの調査官や専門員といった公職に就く機会も増えています。さらに、地域では各都道府県の顧問に迎えられたり、大学ではTLO(※)で活躍したり、教授になったりしています。活躍の場が大きく広がり、それぞれの能力、素質に合った仕事を選択し、能力を発揮できる時代になっています。

反町

出願業務など従来からある独占業以外に、特定侵害訴訟、著作権、輸出入差止など周辺業務が増えており、期待される役割が多様になっています。

佐藤

かつて弁理士は、特許事務所という枠組みの中で、産業財産権の権利創設を業務の中核ととらえてきましたが、周辺業務が大幅に広がっています。知的創造サイクルで言えば、創造分野では中小企業やベンチャーの開発活動の支援などがあり、保護分野では産業財産権のみならず、著作権・回路配置などの業務があります。活用分野では、例えば信託業法改正で知財の活用形態が広がり、価値評価や技術標準などの新たな仕事ができ、知財ビジネスをしっかりとマネジメントできる弁理士が求められています。さらに平成15年に特定侵害訴訟を弁護士と共同で代理できるようになり、ADR(※2)でも役割を果たしていかなければなりません。今や単に特許を知っていても、よい弁理士とは見なされない時代です。知的創造サイクルの各ステージで活躍するためには、経営や係争、金融などの知識が必要なのです。

■ ビジネススクールは、身に付けたもので何かをしたいと思うことが必要

反町

佐藤先生は、どのような分野をご専門にされているのでしょうか。

佐藤

高専では工業化学を学んだのですが、機械、電機、材料、生産技術など幅広く手掛けてきました。また、大学では法律を学んだこともあり、30代から係争案件も数多く扱ってきました。したがって、現在の事務所は、電機、機械、化学、商標、意匠など担当を分けて、あらゆる分野を一通りカバーできる体制にしているほか、係争案件も取り扱って、国内外と幅広く業務を展開しています。

反町

佐藤先生は、弁理士の業務以外に、早稲田大学のビジネススクールの教壇にも立たれていらっしゃるとのことですが。

佐藤

MOTとMBAの学生は、社会人なので、学者よりも現場の人が教えるのが良いのではないかということで、声をかけていただき、非常勤講師を務めています。

佐藤辰彦氏、反町勝夫対談

反町

週にどのくらい授業があるのでしょうか。

佐藤

週に1回、土曜日の午後にあります。

反町

授業は講義中心なのでしょうか。

佐藤

半分講義をし、半分はディスカッションにしています。全15回のうち、残り4回ぐらいは課題を出してレポートを提出してもらいます。

反町

今はインターネットで資料を集め易くなっていて、海外のデータも揃います。いくらでも立派なデータが集められますので、レポートでは、データ等の分析、考え方がしっかりしているかよく見ないとならないのでは。

佐藤

おっしゃる通り、最近のレポートはデータも多くて立派ですが、どこから取ってきたデータかは、大体分かります。

反町

社会人向けのビジネススクールということもありますが、ある程度の下地があって、詳しい方ばかりなのではないでしょうか。

佐藤

ビジネススクールでは、勉強をして知識やスキル等を身に付けるだけでなく、身に付けたもので何かをしたいと思うことが必要です。したがって、入学してくる方の意気込みは、普通の大学生とは全く違います。私の授業について言えば、受講されている方のほとんどが、一部上場企業の課長クラスの方や中小企業の社長といった方です。そういったこと以外でも、知的財産という性質上、どんどん変わる世界ですので、10年前の話では済みません。その時その時、新しい話をしないといけないところも難しいところかもしれません。

■ 知財は経営資源として使用して初めて価値がある

反町

佐藤先生は、弁理士というお立場から、今回の恐慌が、日本をどのように変えるとご覧になっているでしょうか。

佐藤

IT化で、今やバーチャルなものがそこここに溢れていますが、やはり世の中は実態があって動いているので、ものづくりは一番の基本だと思います。そういう意味で、どんなに時代が変わっても、ものづくり産業は生きると思いますし、また、その必要があると思います。今回、世界的な大恐慌に陥っていますが、どの企業も、ここで開発の手を抜いたら、それが3年先、5年先に返ってくると分かっていますので、いずれまた立ち上がってくると思います。ただし、どうしても体力的に耐えられる企業と耐えられない企業は出てきてしまい、3年先、5年先に大きな差になってくると思います。私たち弁理士がかかわっているものづくり企業も非常に厳しいところばかりなので、「開発は止めない、特許の出願も減らさない、ただ、経済的に苦しいから、何とか特許事務所も料金を安くしていただきたい」という話になってくると思っています。したがって、われわれの業界も、今年より来年、来年より再来年は大変厳しい状況になるのではないかと思っています。

反町

しかしながら、アニメやゲームソフト等、海外での評価が高いわが国のコンテンツビジネスが、新しい産業として飛躍する可能性に注目を集めており、小泉内閣から現在に至るまで、政府は、知的財産立国に向けた取り組みが熱心に行われ、知財のプロたる弁理士にはその活躍が大きく期待されるところです。佐藤先生は、内閣府知的財産戦略本部有識者本部員も務められていますが、今後の展開についてお聞かせください。

佐藤 辰彦氏 元日本弁理士会会長/創成国際特許事務所所長

佐藤

ご案内のとおり、推進計画は来年が3期に入ります。1期3年で2期6年が今年で終わって、来年は第3期を迎える。第3期は第1期、第2期で実現できた改革された知的財産制度をもとに、グローバルな競争で勝ち残れるように知財を戦略的に活用することが必要です。そういう意味では、政府は産業界なり国民に知財というものをもっと強く発信していかなければならないと思います。現在、知財という言葉は広まっていますが、実感が伴っていないと思います。

反町

「知財が国を守っている」という言葉が、ファッションでは困ります。「輸出入が日本を支えている」、「国の平和を守っている」「重要な産業を守っている」といったコンセンサスを持っていただかないとなりません。もっと、国家戦略に立って、その視点から光を当てないといけませんね。

佐藤

ここ2期6年で知財に関するインフラは整ったと思っています。ただし、それが本当に産業界で活かし切れているのかというとまだまだで、不十分だと思っています。その意味で、第3期の知財活動は大きく国の発展に影響する大事な課題であると思います。知財は、実用化して市場に受け入れられてはじめて価値があるものです。

反町

佐藤先生が日本弁理士会会長のときに全国展開された「地域知財活性化運動」の効果は、かなり大きかったのでは。

佐藤

あのころは、地域で弁理士の顔が全然見えていない時代でしたし、地域ブランドの掘り起こしなどを通じて地域で貢献し、何とか弁理士の認知度を高めようと力を入れました。この運動もあって、全国に支部もでき、自治体との関係も構築できました。やっと地域の弁理士が、自治体の方と一体となって仕事が出来るようになったのです。

反町

佐藤先生は、現在も知的財産戦略本部の一員としてわが国の知的財産戦略に携わられていますが、国際競争力においても知財がますます重要になってきましたが、今後一層、弁理士の能力が各方面で十分に発揮できるよう、ご活躍いただきたいと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

(※)TLO[Technology Licensing Organization]:技術移転機関。大学の研究者の研究成果を発掘・評価し、特許化および企業への技術移転を行う機関。

≪ご経歴≫

元日本弁理士会会長/創成国際特許事務所所長
佐藤 辰彦(さとう たつひこ)
1946年福島県生まれ。1967年福島工業高等専門学校工業化学科卒業。1971年早稲田大学法学部卒業。1973年弁理士登録。1979年〜80年日本弁理士会常議員を務め、以後特許委員長等を歴任。1992年同副会長。2004年同総括副会長。2005年度同会長を務める。知的財産権に関連した活動として、1985年東京大学先端科学センター知的財産権大部門協力研究員。1995年〜2002年福島高専電気工学科非常勤講師。1999年弁理士法改正準備特別委員会副委員長。2001年〜2002年知的財産研究所委員会委員。2001年文部科学省起業者育成プログラム講師。2002年国際審判会議パネリスト、日中北京商標セミナー講師。2003年中国知財セミナーパネリスト。2004年日経知財フォーラムパネリスト。2004年〜2005年早稲田大学ナノ・IT/バイオ知財経営戦略プログラム講師。2005年国際知財シンポジウムパネリスト、立命館大学大学院知財講演、北海道知財セミナー(北海道庁)講師、創価大学大学院工学研究科知財講演、東京大学先端研知財人材育成オープンスクール講師などを務める。政府関係委員歴として、1997年〜1998年弁理士試験委員、2002年〜2003年産業構造審議会特許小委員会委員、2006年産業構造審議会知財政策部会委員、2007年内閣府知的財産戦略本部有識者本部員を務める。

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